愛の日記


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12星座別「月」解説第一回 おひつじ座・おうし座の月について

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12星座別「月」解説第一回 おひつじ座・おうし座の月について New! 2019年10月16日(水)

12星座別「月」解説第一回 おひつじ座・おうし座の月について

月について、それは7歳までの頃の純真な思いであり、純真さを保持するために成長はそこでストップする、、、という解釈を先日ご紹介しました。人の純真さに最後は神がかかる構図と関係していると思いますが、月の持つ純粋性は、それを自分像だと思いこむための悲劇を一方で引き起こします。

それについてはこれまでにも多く語ってきた通りです。ここで改めて月についての12星座別の解説を行いたいと思います。これにて一応の月シリーズは終えることができます。途中からお読みの方でよく理解できないと思われる人も多いと思いますが、ブログで、またユーチューブで、かなりたくさんの月シリーズがありますので、お時間がある際にでもトライしていただけたら、月の全体像が把握できるようになると思います。よろしくお願いいたします。

おひつじ座の月
おひつじ座は火の星座です。火の星座の月は自我の欠損を意味します。その最初がおひつじ座ですので、自分自身の捉え方に欠損が見られることになります。
おひつじ座のキーワードは「我あり」ですので、その欠損は、自分という感覚が得られないところから出発しています。

そのため、自分という感覚がないために常に自分についての感情に支配されることになります。普遍的に人が持ちやすい自分らしいかっこよさ、、、がおひつじ座月の人が陥るポイントとなります。

かっこよい自分・有能な自分・はっきりしている自分・主張できる自分・強い自分・目的に向かう際のゆるぎない確信を持つ自分・リーダー的な自分、、、要するに太陽おひつじ座が意味する自分像とその意味では同じです。太陽の場合はそれがある、、、のですが、月の場合はそうなりたいだけで、またそう思いたいだけで、それだけが無いことになります。ただし、7歳までの自分像としては永久に保持されます。

しかし自分はその自分像ではありませんので、英雄的自分像を否定的に刺激されると、敏感に反応することになります。また、他人のそうした部分への欠損を許せなく感じます。

弱さを指摘されると反応せざるを得なくなったり、バカにされたと思うと反撃したり、自分のイメージに対する事柄に防衛的反抗を企てざるを得なくなるわるわけです。

突然怒り出す、興奮する、イライラする、、、わけですが、それは自分のイメージが壊されただけではなく、そうした自我が欠損している人への攻撃ともなります。またライバルなどではないのに、有能な人がいればそれを自身の能力などへの挑戦として受け止めてしまいやすい面も出てきます。

はっきりものが言えない人へのいら立ち、、、主張できない人に対する強要的な態度、、、不自然なエネルギーの流れに対する憤り、、、

簡単に言うと、自分は有能であり、自分だけが有能なのだ、、、という証明に追われる人生になりやすくなります。しかし事実はそうではありませんので、自分の能力を示すことは多くなりますが、結局は自分を商品化することとなり、そうなると破滅していきます。もしくはエネルギーを失い、廃人のような消沈に襲われることが多くなるわけです。

自分は凄いんだ、、、という子供が持っているスーパーマン理解を、自分ではない、人間存在に向けた時、月の持つ純粋性が輝きます。

人間は本当は凄いんだ、、、人間は本当はスーパーマンなんだ、、、人間は絶対に何にも負けないんだ、、、私たちは凄いんだ、、、との純粋な思いを抱けられるのは月がおひつじ座にある人だけなのです。その意味で、人間存在の最終的勝利に対するピュアな思いを、多くの人は子供時代にもっていたものの、成長するに従い、それを失っていきます。しかしおひつじ座月だけは、その純粋性を持ち続けていけるのです。ただし、それは自身の人生においては活かせないものであり、単に純粋に思いを保持する点に価値があるのです。

月によって何かを成そうとしたり、月を自身だと思い続けてそれを体現しようとしたりする試みはすべて失敗します。無いものを達成させようとしても無理だからです。自分の無力を知り、その純な思いを祈りにした際、最終的に神がかかる足場として機能するのです。ですからおひつじ座月の人の持つ仕事は、ただ、人間の勇気と情熱が最後は勝つというピュアな子供時代の思いを持ち続けることにあるのです。それを自身で体現しようとしたときは、消耗と苦労の挫折の人生と送ることになります。

格言
自分の能力の発揮により自分の存在の証明をしないこと。そうしたものと関係ない意識と態度で人生を生きること。

おうし座の月
おうし座は土の星座です。土の星座は物質的欠損を意味します。その最初がおうし座です。もっとも純粋な形で物質の欠損を暗示することになります。
おうし座のキーワードは「我所有す」です。月はその欠損ですので、何も所有できないことになります。

物質を感じられる最初のスタンスは、通常五感を通します。そこが欠損となるということは、月おうし座の人は五感が欠損しているわけです。しかし、月のおうし座の人はそうな絶対に思いません。自分ほど五感に優れている人はいない、、と思っている場合も多いでしょう。

しかし、その人が思う五感は7歳ころまでに知ったものであり、それ以降の成長はしていないのです。なので、ワサビはダメ、、、なんであんなものつけるのか、、と怒ったりします。子供が間違ってワサビを食べてしまった怒りと衝撃が大人になっても続いているからです。

なに、あの臭いは、、、我慢できない、、、、誰でもイヤな臭いはいやなものですが、我慢できないのが子供時代の特徴です。大人になってもそのままです。

このように、月おうし座の人は常に五感の不快感に悩まされるのです。常にイヤな臭い、イヤな味、イヤな触り心地、イヤな肌触り、などによって、常に攻撃された人生となるのです。

そのため、自分は五感が優れていると思いがちですが、7才までの五感で止まっていますので、本物の成熟した味や香りはわかる道理がありません。ワサビを知らない間に食べてしまって怒る程度の味覚ですから、高級料理をたべても本当はわからないのです。街中の牛丼の方がおいしいと本気で思ったりしがち。そして牛丼でもあの店とこの店では違う、、、というようなことは敏感に察知し、人に言ったりしがちなのも、子供時代の特徴と考えればよく理解できます。

理想の五感を得たいので常に攻撃を受けるわけですが、おうし座本来の所有に目を向けると、その物質的欠損はさらにわかりやすくなります。所有できない、、、という運命は、お金が持てない、、土地が持てない、、自分の物がない、、、という状況を生み出します。

しかし、所有へのこだわりから、自分はお金持ちであると思いたいし、また、そのように人に見せたいし、思われたいのです。

こうした意識と態度が原因で、月おうし座は実際のお金に困るという運命を招きがちとなり、この人の人生の挫折は金銭問題となります。

人の物を欲しがる、、家のお金は自分のお金とどこかで勘違いしてしまい、両親の財布の中のお金があたかも自分がもらえるもののように感じ取る気持ちがあったりしがちです。

お金への執着は、最終的には豊かさへの希望です。それを自身にもたらそうとした点が月の罠だったのです。

豊かさと安寧への憧れは、月おうし座のみならない、人類の憧れでもあります。自分が豊かになりたい、、、それは誰でもそうですが、月おうし座にはそれが許されない生まれとなります。豊かさを私たちに置き換えることで、この地球が私たちの世界が、豊かであって欲しいということを祈り願う運命があなたにあるのです。

私たちを豊かにしてください、、、この地球のめぐみが永遠でありますように、、、豊かな収穫をお願いします、、、豊作でありますように、、、自然の恵みが常に私たちにありますように、、、

豊かさを自分の所有から家族所有、国の財政、地球のめぐみに置き換えるピュアな思いがあることで、月おうし座は輝くのです。

自分が金持ちになろうとしたり、自分が他の人よりも良い服を着ようとしたり、自分が誰よりも金持ちに見せたいと思うことで、この人は人生を挫折させていきます。それを全体の豊かさへの願いとして常に持ち続けることで、この人の顔付き、態度に一層の磨きがかかり、素晴らしい人気が高まります。月は願うだけで自分がそうなろうとしないこと。そこにプレゼントがしまわれているというのが、おうし座月の特徴なのです。

ふたご座の月以降はまた順次続けます。

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お月さまが願うこと 2019年10月08日(火)

月はなぜあるのか、、、

月について一年以上にわたって述べてきました。そのすべては、月は7歳までに得た最初の自分像であるということです。

しかし7歳までに得た自分像は主に母親からほめられたい、、、という動機の元に作られた自分像でしかありません。

7歳以降は水星が支配する時代になりますので、月の自分像は原型として自分の中に固着し、自分は月であるとの思いをその後も強固にしていきます。その結果、7歳以降においても、私たちはあらゆる場面で月を通した眼鏡で自分を見つめることになります。

月の性格や能力は、母の手前で作られた本当の能力や性格ではありませんが、その印象は固着して深められ、一生涯にわたって私たちは月とかかわる自分像を描き、それによって苦しめられます。

なぜ苦しむのかというと、月は7歳までの自分の印象でしかなく、実体ではないからです。しかし印象は固着して変更が利きませんので、意識的に月の性質や能力を深めることができません。あくまで月の自分像の印象である7歳児が持つ能力程度のものしか発揮することはできません。一言でいえば、物まねがうまいか下手か、、程度の能力を月は私たちに限界として与えているわけです。

しかし、幼少の頃に得た自分像はインプリントそのものですので、強固にまたかたくなに自分であると主張します。印象を乗り越えられたら問題はないのですが、月は常に最初の自分像であり、私たちはとくに意識的になれない際には、必ず月の自分像に戻ってしまうようにできています。

とくに病気の時や心細いとき、先に希望がないとき、老人になり力も意欲も衰えた時などに、やさしく故郷のように月は私たちを捉え始め、人生終了のプログラムに入らせる恐い働きでもあるのです。

逆に人生において前向きで積極的、元気がある日々を送っているときは、月の自分像に捉えられることは少なくなります。ただそうした場合でも、ふっと気がゆるんだり、とっさに弱気になったり、何か迷妄が襲った際に、月はするすると私たちの心に入りこんできます。最初の自分像は決して消えることはありません。
ただ、月は意識作用の前では完璧に無力となります。意識的な行動と活動が多い時代において、私たちが月に捉えられて人生終了のプログラムを開始することがないのはそのためです。

しかしどのような場合であれ、意識的なものがなくなれば、月はその間隙をついてスルスルと私たちに入りこんできます。弱くなったとき、月は常においでおいで、、、をしているわけです。

長らく使ってなかった引き出しの中から、古い懐かしい物がでてくる、、、誰でもなつかしさでいっぱいになりますが、そこに魂を取られるときと、そうでなく、単に「ああなつかしいな」と言って、捨ててしまえるときがあります。魂を奪われるときは月に捉えられているわけで、意識的な活動が無い時なのです。

月の自分像はインプリントにより、あがなえない力がありますが、それは実体ではなく、仮に作った最初の自分像です。本当は月は自分ではないということなのです。しかし私たちは常に月の自分像があたかも本当の自分であるかのように思いがちです。とくに意識的でないときがそうです。

成長し、新たな体験をし、そこから色々なものを吸収し、感動もし、新たな価値を見出していけば、自分という意識があらたに生まれ、その力のほうに私たちは進みます。それは極めて健全な方向であり、どこまでも発展する可能性がある自分の獲得となります。そうしたものがないとき、私たちは月に捉えられるのです。

月は失敗しても、人から嫌われても、お金がなくて心細くても、何の喜びがなくても、最後に行き着ける自分のイメージであり、そこはあたかもやさしいゆりかごであり、本当に戻るふるさとのように感じられます。意識的でないときは。

なので、月が自分だと思えば、月の示す能力も月が示す才能もそれが本当の自分であるかのうように錯覚します。しかし、月は実体のない幻想であり、具体的には私たちにないもの、欠損しているものが何かを暗示します。

なぜ欠損かというと、月は7歳までの自分像で止まっているからです。その後の発展はゼロなのです。幻想を出発点にしているため、現実の対応は7歳でストップするおままごとの能力であり、才能です。

なので、月を自分だと思うと、月並みなことしかできないことになります。しかし、自分の中ではかたくなに、月の姿が本当の自分だと思いますので、そこに現実での乖離が生じてきます。具体的に言うと、月が自分だと思えば、7歳の子供の力でこの世を生きる以外になくなるということです。そして残酷なことに、7歳と言えば、それなりに何でもできる年齢でもあるという点です。

月を自分だという幻想からなかなか覚めることができないのは、その為です。ある程度のことは確かにできるわけです。しかし一定以上は絶対に成長しません。
しかし自分はそのことでほめられたし、またほめられたいのです。なので、月の自分でどんなに苦労しても、そんなはずはない、、できるはずだ、、褒められるはずだ、、、との切迫した思いが募りやすくなります。

こうした人生を乗っ取られるのです。常にそんなはずはない、、もっとできるはずだ、、、得意なはずだ、、、という月の自分像に縛られ、不毛の努力を強いられる人生が、月に捉えられた人生です。

しかし、こうした間違いの基本にあるものは、月が自分だと思ったからです。はっきり言いますが、月は自分ではないのです。多くの人は幼少の自分像を多かれ少なかれ持っています。月をはずし、他の惑星が持つ意識的な活動や努力によって自分という本物の個性が育っていきます。

月が自分であると思えば、そうした営みには限界が出てきます。すべては月が自分だと思ったところから大きな誤解が生じたのです。

では、月は何だったのか、、、月は全体に、全員に、集合した意識に通じる道を与えてくれる星だったのです。月は自分ではないけど、月を通して私たちは全員の無意識に働きかけ、全員の心に訴える力があるということです。

月が大衆そのものであり、人気と関係するのもそのためです。月が自分だと思って活動していけば、必ず敗北に終わりますが、なぜか人気だけは結構ある、、、というのが不思議でした。月を使わないと人気は出ません。そこに秘密を解くカギもあります。

人気、、、大衆の無意識に働きかける力です。人類の歴史も優秀な人が一人いて、その人がリーダーになってみんなを引っ張ったのではなく、たとえそう見えても、そこには大衆に共通する思いがあってこそのことだったはず。リーダーは単にそれを応用したり利用したりしただけです。
この大衆性には基本的には知性はなく、意識も非常に低いのが一般的です。現代はそれがひどく、コマーシャリズムや政治にもこうした大衆操作の方法が使われていることは間違いありません。

この大衆操作に負けて時代はどんどん一部の人だけが得する時代になり、大衆は苦しくなっているわけですが、この大衆性が最終的な事象を決めていくことは事実なのです。

いくら国が戦争をしたがっても、大衆が戦争に反対したら戦争はできません。他国が悪い、、他国がこんなことをしている、、、というような情報を操作して作り上げ、大衆に働きかけてそれに成功すれば、戦争が起こせます。

すべての時代を解くカギは大衆が握っているのです。しかし大衆は操作されやすく、いつも一定の方向にあやつられ、結果的に大衆が損をしてきたのが人類の歴史です。

それを解くカギが月にあります。私たちは月を自分だと誤解したところから、自分自身を見誤り、社会や時代に対する見誤りを行ってきました。すべては月が自分だと思う、その代償行為としての結果でした。戦争もその通りです。

しかし大事なことは、私たちの月は自分ではなく、月は大衆にアクセスできる唯一の道であったということです。それを一部の企業や政府に使われて私たちはひどい状況に追いやられています。すべては月が自分だと思っていることから来た道であり、結果です。

しかし、月が悪かったわけではないのです。私たちが月の使い方を間違えてだけです。

月は7歳までの子供時代に培った思いを純粋に持っています。なので、7歳の子供では社会に通用する能力も才覚もありません。しかし、7歳までの子供にしか持てないもっとも重要なものがあります。子供の純粋な思いです。

月はその後の社会的な価値や発達や意識の拡大という重要な要素まで捨てさせて、守ったものがあったのです。それが私たちの月が持つ、たったひとつの決して汚されることのない純粋性です。

その純粋性で商売することも、上手に振る舞うこともできません。しかし、純粋さだけは、それができないだけに残されているのです。どんな大人になっても、ずるい大人に成長しても、自分の月の持つ、純粋な思いを捨てることなどできないようになっているのです。

そしてそれこそが、唯一、大衆を動かす力となるものなのです。大衆がうごかなければ、ムーブメントもないし、大きく時代が変わることもありません。何より、月は、全体が、全員が救われなくては意味がないことを私たちに語るのです。

太陽の力で、意識の力で、私たちはどこまでも発展することはできます。また、それは宇宙の大原則であり、絶対的に重要なものです。自己実現にまさるものはこの世に存在しません。しかし、月はあえて言うのです。

お前が救われて解脱するのもよいだろう、、、だが残された人間たちはどうなるのだ、、、みんなお前と同じ、子供時代に遊び、笑い合い、泣いたりしあった魂だぞ、、、お前がひとりだけ救われる構図がこの世に本当にあるのか、、、残される人間も同じお前なのだよ、、お前はみんななんだぞ、、、

そして月は私たちに絶対に変わらない、7歳の頃の純粋性を失わせない、ひとつの救いの道を残したのです。大衆に訴えられる力です。集合無意識に訴える力を私たちは月を通して持っているのです。

月は自分ではなく、集合体としての命を生きていくことを私たちに強制しているのです。自分も他人も同じなら、私たちの全員が救われる以外に道はないのです。その立役者が月です。

月は確かに集合意識を使う企業体や政府に独占的に使われることがあるため、悪い物になる場合が多いです。しかし、純粋な訴えがそこにあれば、月の力で私たちは大衆の意識を変えることに成功できるのです。

月を自分のために使うのではなく、自分のためには使えない星なのです。使おうとしたので苦労が絶えなかったのです。

月を大衆の幸福、大衆の解脱のためにでは、いかに使うのか、、、そこにこそ月の本当の感動があります。私たちは月を7歳の子供のレベルでしか使えません。しかし純粋な思いだけは使えます。
大衆を動かせるのは、子供の純粋な思いだけです。

誰でも幼子のようになられければ天国に入ることはできない、、、イエスの言葉ですが、本当のその通りなのだと思います。

純粋な思い、、それは不得手なことでもあります。不得手でうまくできない、、その子が純粋な思いを発する、、常にそうした思いで世の中に存在している、、、ことが大切だったのです。

月がおひつじ座にあれば、自分が英雄やリーダーになっても失敗に終わります。しかし、この世には、立派な英雄がいるはずだ、、立派なリーダーが私たちを救ってくれるかもしれない、、という思いを純に思い続け、ことあるごとに、汚れたものに憤り、ずるい生き方をする人をおかしいと思い続ける、、、何もできなくても、そうした思いの集積が伝播して、おひつじ座月の思いは大衆に必ずいつか伝わるのです。それを自分が偉大な英雄であると思おうとすれば、自滅の道が始まるわけで、月を何に使うかが問われます。自分のためか、大衆のためか。

月がおうし座にあれば、おうし座はお金が欲しい、所有したい、星座です。それは同時に自分だけではない、この世の中になんでおいしい温かいご飯が食べられない人がいるの、、、という7歳の子供の思いに立つことで、その思いが伝播し出すのです。それを自分が欲しい、、自分のものが欲しい、、と思うので、達成できずに苦しんでいたのです。

月がふたご座にあれば、ふたご座はコミュニケーションですので、欠損から自分ではあまりうまく話したり、書くことはできません。しかし、この世には学べない子どもいる、、勉強したくてもその機会を与えられない子供がいる、、との純な思いをことあるごとに訴える力となるとき、それが稚拙であればあるほど、月ふたご座の思いは相手に伝わるのです。それを。自分がうまくしゃべろう、うまく書こうとするから敗北していただけなのです。

例えば、月がおとめ座にあれば、自分は掃除も下手で汚しっぱなしにしてしまうけど、この世が美しく、誰も汚さずに、きれいな環境にしている、、、との思いは純なほど持っているのです。お片付けの下手な子供が、母の思いを知って、多少なりとも部屋をお片付けしよう、、、と思い、かえって汚してしまったとしても、下手であればあるほど、子供の思いは外界に伝わるのです。そして月おとめ座がこの世をきれいにすることはできなくても、そうした思いを大衆が察知し、大きな力をもたらしてこの世は美しくなっていくのでしょう。

それぞれの星座についてはまた、近々にご案内し、皆さんがお持ちの純でピュアな思いこそが、大衆と時代を動かすことをお伝えしたいと思います。
 
月は実際の行動は大したことはできませんので、自分の使命という風に捉えれると失敗しやすくなると思います。あくまで、純粋なピュアな思いを持っていることが大事なのです。それを社会や大衆にそうあって欲しいと願い、常々そうした態度を貫くことで、大きな働きとなるのです。

月の力を自分に使おうとしていたため、せっかく持っている12分の1の力をそれぞれが分別した状態で行使していました。そして挫折を迎えたわけですが、全体のためにピュアで思い続ける、、、祈り続けることで、12分の1の力をどんどん大きくしていくことができます。そうすればあっという間に世界も変わります。

月はその才能を生かそうとしても、うまく行きませんが、純粋な思いを持ち続けることで、それが大衆に浸透します。それをたとえ、政府や企業が邪魔するでしょうが、そうなってもなを純粋に持ち続けると、最後の最後にはついに神が動くのです。

神の足場は純粋な人の魂にしかありません。最後まで失わない月の思いを持ち続けることは、神の足場を作ることとなるのです。

お片付けの下手の子供が、汚れた地球のゴミを一人拾いながら歩いている、、、得意じゃないので、集めたゴミは袋からこぼれおちていく、、、それでも子供はこの世をきれいにしたいと思って拾い続ける、、、合理的意味のないこうした態度に、最後は神が動くのです。

動画もご覧いただけたら嬉しいです。途中お見苦しいところもありますが、うまく伝えられなかったところは上記ブログで補足しましたので、合わせてご覧頂けたら幸いです。

 





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