愛の日記


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属 あっちの世界とこっちの世界



あっちの世界とこっちの世界、、独り言 2018年09月20日(木)

私たちが暮らすこの世界、地球、宇宙があります。もう一つ、目に見えない、測ることもできない、認識できない世界がなくてはおかしいのです。

私たちが暮らす世界をこっち。見えない認識できない世界があっち。

目に見える世界があるということは、それを生じしめた見えない世界がなければおかしいのです。有から有が生まれることはありません。有は無からしか生まれないからです。

こっちの世界には、人が住み、動物も植物もあり、食べ物も水も音も電気もある、私たちが実在と思っているものすべてがそろっています。

その中には、一見、あっちの世界に属するように見えて、実はこっちの世界の物であるものがほとんどです。例えば、思考や思想や宗教。そして、霊や高次元の世界と呼ぶ一見形而上的なことまで、実はこっちの世界のものです。

なぜなら、それは認識できるものであり、何等かの定規で規定できなくないものだからです。神は高次元の世界にいる、、、という話しはよく聞きますが、こっちの世の低次元もこっちの世の高次元も同じこっちのことになります。

認識できるもの、認識の対象にしようとするものは、すべてその時点において、こっちの世界に属しているのです。

では、私たちはあっちの世界を認識することは永遠にできないのでしょうか。認識できるものはすべてこっちの世界のものなので、できないといえますが、認識できないまでもひとつだけ、あっちの世界と共通するものがあります。

それは「命」です。こっちの世界で命を失うことを死と思っている私たちですが、命は死ぬことはありません。命はあっちの世界のものだからです。命をこっちの世界のものだと思うところに、根源の間違いがあります。

命はあっちのものなのです。あっちは命そのもの。私たちはこっちの命が死んだように見えて、あっちの世界に戻るだけ。もともとあっちから来た命なのです。

こっちとあっち。ふたつの世界を本当に知るには、命を通す以外にありませせん。

本来、こっちの世界とあっちの世界は重なって存在しています。すべてはあっちからくるのですが、こっちはあっちと重ならない限り、継続できません。

常にエネルギーはあっちからしか流れてこないので、それが途絶えたらこっちの世界で一秒たりとも生きることはできないのです。私たちの命に限らず、すべてのものを存続させるエネルギーはあっちから訪れます。

あなたもあなたの服も、手にしているペンシルもプラスティックの下敷きも、家もビルも道も、あっちのエネルギーを得ない限りすべては一瞬にして消えてしまうのです。

すべてはあっちが生み出した命です。人にも物にも命が宿っています。その命はあっちのものですから、あっちと関係が途絶えたらすぐにこっちの世界の命は消滅します。

元々、命しかなかったということでもあります。有りて有りて有るあっち。要するに命です。こっちの世界の事柄もすべて、あっちの命あってのものですから、こっちのあらゆる現象や存在の意味なども、命という視点から捕えることしかできないのです。

幽界も霊界もこっちの世界です。お化けの世界もこっち。こっちでの命のこじれ方として捉えるとわかりやすいです。霊界もそうです。すべて認識しようとした時点でそれはこっちのものとなります。

命だけはわからない。命の出どころも、なぜそうなるのかも、命は何かは永遠のこっちの世界ではとらえられない不思議なのです。

では、認識できないのなら、あっちにアクセスすることは不可能に思ってしまいます。しかしそうではないと思います。あっちは認識できない世界。すなわち無の世界です。こっちの世界で言う無は、あったものが無くなる無ですが、本当の無はすべてを生み出す無です。その無は、思うことでも希望することでも考えることでも到達できない無。

しかし、こっちの世界でも共通する無はあるので、無になりきれば、その時、私たちはあっちの世界とかさなる地点にいることになります。あらゆる病気はその無と一体化することで治ると思います。もちろん私にはできないことなので偉そうには言えませんが、死んだらあらゆる病気が治るように、無になれば同じことが起こるはず。無はエネルギーそのもの、命そのものだからです。

何も考えない、無の意識圧よりも高いものはありません。命は一つの意識圧も同じことです。命はひとつ、、、あっちは命だけの世界、、、無。

考えてばかりいる人はエネルギーを失うのです。無、無、こっちの無ではなくてあっちの無。命がどこから来たかなんて、誰も分からないように、無は命と同じ。私たちは誰一人も欠けることなく、あっちの無、命によって生かされていることになります。

無になりきる、、、命になりきる、、、命そのものになりきる、、、子供が比較的元気でいられる理由です。

誰でも赤子のようにならなければ天国に入ることはできない、、、、イエスの言葉です。命の世界に入るには、無しかない。命に成りきるしかない。

永遠性の体現された芸術から学ぶのも良いかもしれません。意識改革です。意識は無や命とどう関係するのか、、、また、次回お話しさせてください。

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