愛の日記


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無の証明 2017年08月31日(木)

重力を持つものは、この地上において、反作用に伴う同等の重力によって安定しています。

人も立てば足裏で地面からの反作用によって安定し、立つことができます。足裏に限らず、あらゆる関節が重力を受け止めるので、関節は自身の重力と反作用の重力によって安定します。

無からしかエネルギーは訪れませんので、人は立つことによって、足裏や各関節からエネルギーを得ていることになります。

さらに歩く、走るなどの動作は複雑な重力の拮抗を体の色々な部位に作りますので、無からのエネルギーは大きなものになります。

人は歩くから疲れるのではなく、歩かないから疲れるわけです。

重力が拮抗する無からエネルギーが得られるように、どの場合でも物理的な無の状態を作れば、エネルギー補給ができます。

人は食べものからエネルギーを得ていると思っていますが、物にはエネルギーはありません。あらゆる物質は作られた結果ですから、無の原因の方にエネルギーがあるわけで、作られた物には力などないのです。

食べれば口は強い圧を加えて噛み、歯と歯は重力を拮抗させて無をつくり、エネルギーをもたらします。歯と歯をかみ合わせているだけでも多少のエネルギーは常に入っているはずなのです。

食べ物は食道を通り、ギャップを作りながら胃に至ります。食道を通るだけでもエネルギーがもたらされます。食道が動き、振動するためです。

胃はさらに動きが大きくなり、豊富なギャップを作ります。胃はエネルギー製造工場のようなものです。胃を動かすために食物を使っているのです。
 
食事をしなくても、おなかをじっくり震わせたり揺らしたりするだけで、エネルギーを取り込めます。関心がある方はぜひ試してみてください。

食物は次に腸に行き、長い長い腸の旅は次次に腸を震わせ、豊富なエネルギーをもたらします。おそらく腸が最大のエネルギー補給の場になっているのではないでしょうか。

腸を温めれば、温圧が上がりますから、取得するエネルギー量も増大します。おなかや腸は温めておく方が良いというのも、うなづけます。

このように、食物という物にエネルギーがあるのではなく、体が食物を得ることでギャップをつくり、無からエネルギーを得ていると私は考えるのです。

現代は物質信仰全盛ですが、物にしか力がないという考えは、いづれパロディだったと言われるようになるかもしれませんね。

人為的に無を作るには色々な方法があります。一例をあげれば、夏に使う扇風機、、、、扇風機を二台V字型に置き、中央付近で両方の扇風機の風が当たるように設置します。

その風には、豊かなエネルギーが含まれます。なぜかというと、風と風が減殺され、風同士の無をつくるからです。風と風がぶつかりあい、ギャップをつくり、ギャップがあればそれを元に戻すというのが宇宙の唯一の原理ですから、ぶつかり合った風は無となり、エネルギーを呼び込みます。

その結果、えも言われぬ幸福な感覚が訪れ、部屋自体が浄化された空間に早変わりします。

風と風をぶつけるだけでもエネルギーが得られるのです。水と水をぶつけても同じです。お風呂に入る前にお風呂をかけまわすことで湯がまろやかになるのは同じ原理です。エネルギー満ちた湯となるので、人体にやさしいのです。
 
温度は同じでもエネルギーを多く含んでいるので、やわらかく吸引化されたイノチに良いお湯に変わります。みなさんも、お風呂に入る際には、ぜひかけ回してください。お湯の鋭い痛みがかなりやわらぎます。
 
音でも実は同じことができます。お湯の表面に向けて、アーとかオーとか、できたら倍音を出してトーニングします。それだけで、かき回してエネルギーを得たのと同じか、それ以上の柔らかなお湯が誕生します。
 
物理現象が意識に近い方が高エネルギーをもたらしますので、お湯へのトーニングは、お湯をかけ回す重力無から得るエネルギーよりも高く、さーっと変わると思います。
 
コップの水や飲み物がまずくかんじたら、コップを手でおおい、口をつけて飲み物にトーニングすることでも、エネルギーに満ちてきますので、必ずおいしくなります。簡単にできるので、ぜひ試してみてください。

エネルギーはすべて命ですから、生きているものにやさしく、体にも良いものとなります。私はエネルギー化した塩酸に指を付けて、、と飯島先生に言われて、恐怖さながら煙が立つ塩酸の瓶に指を突っ込みましたが、痛くもかゆくもありませんでした。
 
塩酸で濡れた手に10円玉を付けると、色がさーっと変わり、塩酸はその性質を変えることなく、イノチあるものには無害化となったのです。塩酸にエネルギーを入れた結果でした。
 
この世は物からエネルギーを得てあらゆる物を動かしているかのように見えますが、実際はすべてフリーエネルギー原理で動いているのです。ただ、あたかも物の力で動いているかのように見えるだけです。物には力はなく、ただ、無の状態をつくる条件作りに必要なだけなのです。

次に水の流れについて考えましょう。大規模な水のぶつかりは海流です。黒潮と親潮がぶつかるところは豊かな魚の宝庫になります。海流がぶつかりあい、水温差が解消する際にエネルギーが満ちるためです。

私が注目したのは、光と光のぶつかりがもたらす際のエネルギーです。これは大変なものだと思います。物理現象が物質的なものから遠ざかるほど、エネルギーは大きくなります。

ですので、重力同士のもたらす無よりも、水のもたらす無、さらに風のもたらす無、そして光のもたらす無の方が潜在力が大きくなります。

UFOは光を出しながら飛ぶものが多いですが、おそらく光をぶつけ合って無の状態を作りエネルギーを得ているのだと思います。音と音の可能性もありますが。両方かもしれません。

私は光の干渉を原始的な方法である、懐中電灯と懐中電灯の光をぶつけあうことで、光が減殺された無をつくり、エネルギーを得ることに注目しました。

実験の結果、恐ろしいほどの事例に驚いたのです。主に皮膚の問題点で実験をしたのですが、絶対にありえない、古傷がよくなるような奇跡的なことが頻発しました。

エネルギー補給としてもかなりの成果があり、ふくらはぎに二つの懐中電灯を照射しながら5分ほど照らすと、寝ていて足がつれなくなるなど、驚きの現象が起きました。

ただし、こうしたことは現代科学ではまったく問題外に無視されると思われます。科学は物質絶対視ですから、物にエネルギーがあるという立場です。

私は物には何のエネルギーもない、という立場ですから、出発点がまったく正反対なのです。

なので、こうしたことは科学万能の時代にそぐわない、非科学的なあくまで個人的な感想としてお聞きくされば幸いです。

しかし好奇心からでもいいので、何かご自身でも実験したいと思われましたら、懐中電灯二つ、扇風機二つと、比較的簡単に手に入りますので、どうぞお試しください。

この世には、今の科学では判断できない事柄が、実はたくさんあることに気づかれるはずです。

UFOが光と光、音と音、磁気と磁気などををぶつけあうような形でゼロポイントを作り、無尽蔵のエネルギーを得ていることは間違いないはずです。

とくに物理現象がエントロピーから遠ざかるほどエネルギーが大きくなるので、私はとくに光にスポットをあてて、「半年ほど前に「光教則本」を発売しました。私のSHOPで販売していますが、これは未来の教科書でもあります。
 
教科書にしてくださる人はいないとは思いますが、今のところ、具体的にフリーエネルギーを利用した簡単な方法を網羅したものは少ないと思いますので、紐解いていただけたら嬉しいです。

人為的であれ偶然であれ、とにかく無の状態をつくれば、そこからエネルギーが得られるという内容です。とくに光でどうすればエネルギーを得られるのかを詳しく書きました。

内容は簡単で、飯島先生から教わったことがベースになっているのですが、具体編としてまとめたものはまだ少ないため、この教則本はいずれ時代が認めてくれるといいなと思っています。
 
こうしたことが拒否されるなら、人はガソリンや石炭やウランを燃やすという原始的なところにまだ留まることになります。

物がすべてと思うから、肉体も物として扱われ、私たちは苦労するのです。私たちも世界もフリーエネルギーの存在なのに、そのことに気づかないで苦労する私たち。

あらゆる問題はエネルギー不足がもたらします。なので、あらゆる問題の解決もエネルギーを得ることにほかなりません。

正しい食事も大切ですし、規則正しい生活も大切ですが、それらは、直接のものではなく、あくまで、無に至るきっかけになるから良いに過ぎないのです。

食事が良ければではなく、規則正しいからでもない、無を作る生き方、すなわちフリーエネルギーの存在となることが重要です。

大宇宙はなぜ動いているのでしょう。物に力があるからでしょうか。あんなに大きな物を動かす力が物にあるのでしょうか。無のエネルギー、フリーエネルギーでしか宇宙は動きません。

物がすべてとするその結果が、物が欲しい病であり、お金欲しい病であり、生老病死の世界です。無がすべてを生んでいることがわかれば、自身も肉体ではなく、質量ゼロの意識の存在が自分であると気づきます。

眼にチューナー振動を送れば、眼の周辺に空気や音のギャップができ、それを元に戻そうとする際にエネルギーが訪れます。

なので、眼にエネルギーが入ります。その実験も面白いので、チューナーをお持ちの方はぜひやってみてください。チューナーは振動する周辺にギャップをつくる装置のようなものですから、エネルギーを呼び込む装置であるといえるでしょう。

眼球にチューナーの音を聞かせる。すなわち目に音を照射するように片目5分ほど、両目で10分。朝夕つづけて1か月したら、眼は、視力はどうなっているでしょうか。チューナーをお持ちの方は、しまっておかずに、トライしてみてください。

本当は簡単なことだったのです。複雑に見せ、複雑に思わせ、事実は遠ざけられたのです。有ではなく、無からしかエネルギーは訪れないのです。

有に力があると思えば、価値ある有を人は欲しがり、人から奪ってでも欲しがり、トラブルや戦争すら起こしてしまうでしょう。

無にしか力がないとなれば、奪うものなどひとつとしてこの世にありません。無をつくる条件付けのために物はあるだけで、物自体に価値はないのです。

ふるべゆらゆら、、、それこそがギャップの存在とその解消によるエネルギー補給の古呪文であり、永遠の真実なのです。


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