愛の日記


<< 2019年 10月 >>
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8
9 10 11 12
13 14 15 16
17 18
19
20 21
22 23 24 25 26
27
28
29
30
31 - -
- - - - - - -
更新履歴
2019/11/12
土日祝日だけでも社長になってみる

2019/10/30
月の最終解説第七回「月のうお座」

2019/10/29
月の最終解説第六回「月がみずがめ座」

2019/10/28
月星座の最終解説第五回「月がいて座・やぎ座」

2019/10/27
月の最終解説「月てんびん座・さそり座」



月の最終解説第七回「月のうお座」 2019年10月30日(水)

月の解説の最終はうお座です。最後になってしまいごめんなさい。月の影響は個人の人生と生涯にとって重大です。生きることに費やす7割以上のエネルギーを私たちは月によって失っていると思うからです。私たちは常日頃、月に囚われ、月の自分像に縛られて生きています。その自分像はしかも常に不足でありいたらない自分の部分を指摘しつづけます。

いたらない部分を常に刺激されるのですから、いつしか自分は月であり、その達成こそが人生であるかのような錯覚に陥ると同時に、月の影響は本当に細部にまで完全に入りこんでいますので、それを疑うことは容易ではないかもしれません。

しかし月について体系的にその働きを理解することにより、段々と、「はあーっ、こんなことも月だったん、、」という発見が日々相次ぎ、月支配の全容が段々とわかるようになっていくでしょう。

月は真実をその人が知るまでその人を完全包囲しています。月は私たちを迷妄の闇に招きつづけますが、それが嘘であることに気づくことを願っていると信じたいです。ほとんどの人類はこの月に捉えられたまま、死を迎え、また再び輪廻からこの地上に訪れる、そうした構造になってしまっています。

月は一貫して幻想を振りまき、それが幻想であることを見抜いて、自身の本当の人生を送るようにと願っていると信じたいですが、本当のところはわかりません。ほとんどの人が月の囚われを脱出できずに、何度もこの世に生まれ変わっているのだと思います。

月の働きは宇宙にはおそらくないでしょうから、地球独特の世界でもあります。迷妄製造機であり、迷妄に常に導き、四六時中、それを働きかける月はある意味偉大です。徹底的であり確信犯です。絶対に私たちを悟らせないように働きつづけます。

しかし月の迷妄から抜けた地球人類は、そこらの宇宙人とはくらべものにならないくらいの意識段階に進めると勝手にですが思っています。おそらく月には本当はもっと違った働きがあるにも関わらず、人間を迷妄の闇に押しとどめる機能としてどなたかが使ってきた、、、のかもしれません。
SF的な話しとなってしまうので、月理解への信頼性を失いたくないので止めておきますが、月が不思議な存在であることは確かです。純粋な月は、子供時代の純粋な思いを持ち続ける働きであることは、動画他でも語らせていただきました。「月がわかった」でそのことを語らせていただきました。

しかし不思議なのは、マーヤの世界が月によるものであることが明快なのに、古今東西の宗教家の月についての言及がないのが気になります。どうせ言ってもわかってもらえない、、、と考えたのかもしれません。そうでなければ宗教自体がマーヤか、どちらかです。

日本の近代宗教の発祥のほとんどに関わる大本教の出口王仁三郎氏は、月について理解していた気がします。まず、月宮殿を作ります。月はマーヤですので、この世の象徴としてのイメージが月宮殿にあったのかもしれません。そしてそれがいずれすべて破壊されてなくなることを、王仁三郎は知っていました。

わざわざ壊される宮を彼は作ったのです。大本事件はこの世が幻想である実践劇そのものだったわけです。しかも面白いのは、王仁三郎氏の出生時の月が実はおそらくやぎ座にあります。(本当の出生年月日かどうか不明ですが一般に言われているものによると)

月はすべてを無に帰す働きをしますので、月やぎ座ということは、先日解説しましたように、組織や会社、企業、国家などを無に帰す働きと関係します。大本教を神劇とする神殿破壊劇は、王仁三郎氏にしかできない業だったと占星術的には思えるのです。

出口王仁三郎氏は月の働きを熟知されていたことが伺えます。空海が中国から持ち帰ったのも、月の占いでした。宿曜占星術は月の通り道に沿った白道の意味を占うものですが、なぜか空海はこの占いを持ち帰ります。しかし今残っている宿曜経にその名残りがあるかどうかはよくわかりません。

月が無に帰すという観点があるのかないのか、、、私は宿曜経をあまりよく知らないので何とも言えませんが、おそらく空海が持ち帰ったものの、それを正しく理解し繋げる人がいなかったと思うのです。ともかく空海がこの占いを持ち帰ったことの重大性に思いをはせたいと思います。空海が意味ないことをするわけがないからです。また、通常のこの世的な占いを彼が持ち帰るわけがありません。空海は真実を広める人でしたので、そのことにしか関心が無かったことでしょう。あるご婦人が現れておっしゃることには、毎朝空海が夢枕に訪れて、三年以上の長きにわたって色々な教授を受けたというのです。その方がおっしゃるのは、最後の授業の内容が、まさにそれなんです、、、と驚かれたのが、実は母音トーニングでした。

母音を伸ばして倍音によって発声していくことが空海の最後の授業だったとのこと。
ここに確かに実体を感得するワークがあるのです。月のマーヤからの脱出に母音トーニングは適しています。物を触ることもそうでしょう。目をつぶって物を触る、、、目を閉じて道を歩く(危険なので一人では絶対に行わないでください)、、この時に月が入りこむと命の危険がありますので、マーヤは消えます。そして母音トーニングは実体と合一するワークともなり得ます。

月の幻影から抜けることだけに関心を抱いていた人がいたはずなのです。さて、また前置きが長くなってしまいましたが、最後の星座であるうお座の解説に入ります。

月がうお座
うお座は感情や愛情を表す水のエレメンツの最終星座です。最終星座ですので、情や愛情、神秘に関したもっとも大きな働きと関係します。それは世界を愛する思いであり、人類を愛し、それを救済する情熱です。また、この世が神秘にみちており、その中で人が生き、暮らすことの神話的イメージを持つことと関係します。

しかし月は欠損ですので、そうしたことが分からない、、となります。ただし、7歳ころまでに得た神秘感覚はありますので、子ども特有の不思議な直観や神秘感は保持している人は多いと思います。ただ人は誰もが成長し、この世の様々な出来事を体験していきます。その中で、単にイメージや神秘性だけでは対応しきれないものに出会ったり、ぶつかったりしますので、その中で新たな世界観や社会を理解する自分なりの物差しを持たなくてはならなくなります。

大人になってから神秘に触れ、この世はもしかしたら私たちが信じているのとは異なる構造や意味を持っているのではないか、、、と直観して研究を始めたり、学びを深めたりする人は、かなりのレベルでそうした理解を深める可能性がありますが、月うお座は7歳までの神秘感ですので、すぐに限界に達し、この世の物差しとして使えないと感じだします。
そのため、月うお座の人は、目先と常々の体感では常に神秘的なものを追い求めてはいるものの、実際の問題の解決になると最後は現実的判断になります。

うお座は同情心が厚く、弱者を自分の身に置き換えていたわる本当のやさしさを持っていますが、月うお座にはそれが欠損として機能しますので、はっきり言って同情心はないのです。社会的成功者は好きですが、社会的弱者は嫌いです。いたわらなくてはいけないという子供時代の思いとの間に無意識的葛藤があるため、嫌いというはっきりした感情でふっきりたいのです。

似たことが友人や知人関係でも時折起こります。月うお座の印象はうお座の慈悲深い感覚に形の上では似ていますので、一見、やさしく弱い者に寄り添う印象となります。しかし、何かの具体性が出てきた際に、自身の欲求を貫きますので、関係者から見ると「えっ、、」と思うような裏切りに近い態度を最後は見せる人として映ります。

日頃の態度が急変したように思われることで、密かに不人気を広めることが多くなるかもしれません。とくに家族間や兄弟姉妹の間では、この人をやさしい人だと思う場合はほぼありません。現実的で自分勝手だとおもわれているはずです。

心のよりどころや、信念というものが、月うお座には存在しないのです。うお座のキーワードは「アイビリーブ」です。それができないのですから、本当のところは何ひとつ神秘的なものも含め、この人は信じていません。(月に捉えられている場合の話しです)信じるとは何かが分からないのです。現実的判断しか本当はできない人です。

まあ、いいわ、だまされても、、、という態度がまったくない現実主義者です。そのために、実は損するケースが多くなります。わかっているものにベットを張ってもリターンが少ないのが現実です。わからないけど、信じてみるね、、、というところに莫大な利やリターンが存在しているのですが、それはできないのが月うお座です。

すべての人生の設計にこれが生きています。本当のところは計算人生です。となると予定外の+アルファのない人生となり、常に自分の運命に対する焦りを抱くようになるでしょう。

子供時代の純粋な神秘性を社会の常識や態度によって、打ちひしがれた経験をこの人はしているのです。そのため、この世を生き抜くには、現実的でなければならないという新たな信仰を抱くことになったのです。しかしその判断の大元は月の恐怖によってなされているので、この人が現実的と判断したものには限界があるという運命に陥ります。

最低には絶対にならないものの、発展が期待ほどない、、、そうした不満足な生涯を送りやすいのは、この人の特徴です。

それでも大きな蓄財をしたり有名になって大活躍する場合もありますが、そうしたものを、今度は目先のつまらぬ迷信に売り渡してしまいやすいのも特徴です。

人は100円の物を買う時はよく吟味するのに、1億円のものを買う時は出費に伴う不安を避けるためにつまらぬ迷信に頼ってしまうのです。500億円の契約がまじかに迫った経営者の最終判断が決まらない時、先方の担当が雑誌の占いの幸運の時間帯に来た、、、というようなことでお金を動かしてしまう、、、そんなことが世の中には実際に多いのです。

月うお座の場合、未来が見通せない場合は現実的判断はできませんので、こうした子供時代の神秘力によって決断するしかなくなるわけですが、それらはすべて失敗に終わります。なので、月うお座の人が最後の最後に判断を間違えるのは、決まって大きな買い物や大きな運命が決する際なのです。

月はすべてを無にしようとして働きますので、月うお座の子供時代の神秘力は「明日天気に成れ」程度のもので、靴が反対向きになったからと言って、大きな決断をしてはいけないのです。

常日頃、現実的判断でやってきて、期待通りの成果はなくても、失敗すくなくやってきたあなたです。しかし、最後の最後の先がまったくわからない決断ですべてを失うことのないよう、周囲に信頼できる人がいる、、、ことが最後の頼み綱になります。しかし、日頃の小さな裏切りにより、家族から人間性に対する信頼を失うような場合ですと、それができず、すべてを霧に戻してしまう危うい危険があることだけは理解しておくことが大切です。

月うお座の格言
あなたには心から信じるものがないので、未来を目指すことは難しい面があります。現実的判断優先で行く以外にないのですが、成果を得た際に家族と共有する、相手に与えておくことなどで、財産などの保全がはかれるはずです。

すべてはマーヤだったのです。自身に働く月を意識できれば、こうした運命からもちろん自由になります。月はあなたではなかったのです。あなたは、魔女でも占い師でも神秘家でもない、普通の人なのです。その理解が月の幻影を消してくれます。そして月以外の道によって、本物の神秘家にも芸術家にも科学者にも、サラリーマンにも、成れるわけです。神秘的力があるという自己印象から自由になることが楽になる道であり、本当の成功の道となるでしょう。

月について様々に語ってまいりましたが、これを持って月シリーズは一応終えたいと思います。かなり辛辣な内容であるのも関わらず、大勢のみな様のご理解をいただき、本当にありがとうございました。感謝しています。

マドモアゼル・愛公式SHOP
マドモアゼル・愛 公式SHOP
 

月の最終解説第六回「月がみずがめ座」 2019年10月29日(火)

月についてこの一年半の間、ブログで10回以上、YouTubeや動画で10回ほど語ってきました。今回の12星座の月解説は一応、最終回として位置づけさせていただきました。この一年半に語ってきました内容は、正しいか正しくないかは別として、きちんとした体系になっていますので、私が何を語りたかったかについては、お調べいただければわかると思います。

何度もいただいたご質問としては、太陽と月が同じ星座の場合はどうなるのか、、、とのお尋ねでした。できるだけその都度お答えしているつもりですが、改めてお答えしておきたいと思います。

太陽と月が同じ、、、すなわち新月に近いお生まれの方の場合です。結論からいいますと、月から自己認識が始まりますので、月が太陽を最初は隠す形となります。
通常の人の場合よりも、太陽を獲得しにくい面があります。

太陽と月が同じ星座にある人は、月の影響をむしろ受けやすい面があります。太陽は誰でも、基本的に獲得するものであり、太陽意識を得ることができればあらゆる問題は解決します。それは自己実現の星であり、自己実現の前ではどのような苦しみも、人を破壊や崩壊に導くことはできません。

反対に月は、私たちの人生や生涯を破壊と崩壊に導く働きをします。しかしそれも月が悪いわけではなく、月が示す才能や能力は7歳の時点で止まっているためです。しかし、7歳と言えば、すでに自分とは何者であるかとの意識はありますので、そのまま、一生月の自分像を追いかける形となります。

しかし、月をどんなに追いかけても、それは幻想であり、追いかけても追いかけても手にできない幻です。追いかけること自体、それが本質で無いことの証明なのですが、私たちは自分のイメージにこだわり、月に支配される生涯を送りがちです。常に月を気にし、常に月に追われ、常に月を求めるものの、何ひとつ得ることができないのです。

しかし、これほどこの世を端的に表現するものはなく、月を通してこの世が幻想であり、実体は現実に見えるものと異なるものであるとの出発点を月は私たちに与え続けてくれます。哲学、心理学が求めるスタート地点と月は同じわけです。

哲学で、心理学で、自分が何を迷妄としてこの世を見ているか、感じているかを知るには、一生涯かかるかもしれませんが、占星術で出生時の月の星座を調べるだけでそのことがわかるわけです。これほど有利なことはありません。また、月の働きを確信的に理解できたなら、二度と自身の迷妄の世界に戻ることもありません。そこが常々自身を見つめていなければならない、哲学的、心理学的態度と異なり、問題にならないほど有利な点になります。

占星術は本当に人間を助けるために、人間を理解するために生じた学問である以外に考えられないことです。おそらく人間が作った学問ではなく、宇宙的な直観や宇宙的な存在からもたらされたものと考える方が自然です。人間を迷妄から救い、輪廻の輪からの脱出をこれほど見事に捉えた学問はなく、占星術の優れた点であり、本当の目的でしょう。

占星術も哲学も心理学も超心理学も、すべての出発点はこの月にあると言ってよいでしょう。これがわかると、学問分野での数十年の努力と研鑽をわずか数分で通過することができます。

話しを新月に戻しますが、月からスタートした自己イメージは太陽と似てきますので、なかなか太陽意識に逆に到達しにくい面があります。自分が自分だと思っているものが、本当は違っている、、これは月にすべて共通しますが、太陽が同じだとそのことにとくに気づきにくくなるわけです。

伝統的占星術の理解においては、太陽と月が同じ場合、どちらも準ベネフィックの星であり、吉星です。なので、悪かろうはずがないのですが、なぜか、女性の場合はよくない、、、との伝統的解釈がありました。なぜだか私も不思議に思っていたのですが、女性は家庭に入りやすく、太陽意識を獲得する環境と機会がすくなくなるため、月に支配されたまま生涯を送りやすいので、あまりよくない解釈になったものと思われます。

太陽と月が同時に両立することはありません。太陽が出れば、月は完全に姿を隠します。人の明快な意識活動の前で、月の存在は無くなるのです。太陽で生きている人に、迷いは基本的にありません。憔悴をもたらす迷いはないのです。自分が月に支配されているか、太陽で生きているかは、日頃の憔悴の度合いや悩みや煩悶の度合いによって判断できます。要するに、月に支配されているとき、私たちは煩悶を伴って、憔悴を伴って迷い、悩むのです。

太陽意識が勝っているときの迷いや疲れや煩悶とは、まったく違うのです。自己肯定が前提にある人が悩んでも、解決がいつかあるだけですが、月の煩悶と憔悴はその人を滅ぼしていきます。

太陽と月の合の場合、太陽意識に到達しにくい面がありますので、悩みや煩悶の方向でご自身を判断してください。憔悴と自己否定が中心にあれば月による支配ですので、自己イメージを捨て、おのずと表れてくる太陽イメージによる自分を重視していくことです。要するに、憔悴する形で悩み、迷うとき、どのような選択もすべて間違った方向に行っているということです。

不安があっても、これでやる、、、というのが太陽であり、安全を求めるやり方は月です。それも判断基準になると思います。

さて、最後の二星座になりました。みずがめ座とうお座の月について進めたいと思います。必ず、悪く書かれていますが、それはあなたを責めているのではなく、それは本当はあなたではない、、、との視点を持っていただくためのものです。月があなたであるわけなどないのです。ただ、私たちが自分を月だと思ってしまい、いたらない自分を追い責めて、苦しくなっているだけなのです。月に本当のあなたなどいません。まったくの嘘です。囚われているだけだったのです。

月がみずがめ座
みずがめ座は知性のエレメンツの最終星座です。知的な最終星座は知的欠損が社会を巻き込む形で崩壊へ進む可能性を持っています。みずがめ座は自身の発想やアイデア、もしくは思想が社会を解明し、役立つと信じています。この世を平和な楽園にする作り手としての才能や天才性を与えられた星座。しかしそれが月になりますと、そうした面だけがない、ということになります。

これはなかなか受け入れがたい思いを月みずがめ座の人に与えると思います。あなたは自分が思っているような、理想の人ではない、、ということになります。みずがめ座は友好や友人との関係を重視します。月みずがめ座もそれは同様です。しかし、みずがめ座の友好は、同じ考えを持つ者同志が、この世を良い世の中にしようとして、理想実現の元に集まる、、、という形を伴います。

月のみずがめ座にはそうした信念も理念も本当はありませんので、形だけの発想と思いつきによって、ただ人との交際を求めます。内容がない集まりになるのです。目的も発想も信念も理想も形だけの表面的なもので、それでいて形の上では人とのつながりを求めますので、内容の無いことでの集会や集団での活動と関係してきます。

みずがめ座は真実を追求する星座であり、仲間や同志にも同じものを求める一体感がなければ、たった一人でも、信念を持ちつつ、孤独を続ける強さがあります。

しかし月がみずがめ座の場合は、そんなものより、一人がいやなのです。たとえ中味がなくても、一人でいるよりは、まだ人といた方が良いのです。孤独に対する態度が月と太陽とでは根本的に違っています。太陽のみずがめ座は人とつるむことが嫌いですが、月みずがめ座はつるみたいのです。中身がないので、つるんで連帯感を持ちたいのです。

ただ、月みずがめ座自身は本気で自身の活動に従事しますから、求めているものが社会的なだけに、大きな集団になっていく可能性はあります。しかし、どのように大きくなろうとも、中心にあるべきものがないのですから、この人が中心になった会や団体はいずれ消滅していきます。

子供が自分が天才であり、自分だけが何か重大なことを理解した、、、知っている、、わかった、、、というようになりたいと思うのと同じで、この人も自分の発案に奇異性や特殊性があり、あわよくば天才的と思いたいし、思われたいのです。

しかし、一言でいって、本当は平凡です。自分の特殊性の罠にはまると、人を集めるために、発想を世に知らしめるために、、、莫大な金額をつかってしまったり、これまでに蓄えたもののすべてを失うような間違いを犯し勝ちです。知的突出による自己確認の熱望があるのです。しかし、この人には知的突出だけが足りないのです。あると思っているものは、月並みなものでしかないのです。

これを認めることはなかなかできないため、月星座は最終に行くにつれ、作り上げた迷妄の世界を大きくする特徴が出てきます。月みずがめ座の人も、人当たりがよく、友情をベースにする印象がありますが、それも連帯イメージのたまもので本当ではありません。むしろ、こうした月の印象をきれいに排除するには、正反対のしし座を使うと割り切れが早く進みます。

自分が人を集めるのは、自分の命令を聞かせるためであり、自分が威張りたいし、ほめられたいからだ、、、そのために、私は人を集める、、、と思った方がうまくいきます。本音だからです。私が輝きたい、、、それでいいのです。単刀直入であると、すっきりと何かが落ちます。そして生まれ変わったような安心感があなたに出てくるでしょう。知的態度を捨て、情熱的態度で、人の上にたってやる、、、みずがめ座の月を抜け出すには、非常に有効です。今すぐ、知的自尊心や天才的イメージ、人よりも自分は変わっている的態度を捨てて自由になってください。

月みずがめ座の格言
この世が行き詰まり、争いが絶えず、このままでは悪い世の中になる、、、だれか天才的な人が出てきて、素晴らしいアイデアで、素晴らしい世の中を作って欲しい、、、子供が天才科学者のアニメなどを見て、興奮することがあります。そうした夢への純粋な思いがあなたにはあります。その夢は夢として持ち続けることはあなたにしかできません。自分にはそれができないけど、、、との理解があることでその純粋性が保持できるのです。人間の進むべき道、、、ユートピアへの憧れ、、あなたのその気持ちだけが純粋なのです。その純粋性に天が感化を受ける時が必ずあるのです。あなたが天才になってしまったら、それだけのことで終わってしまいます。

月うお座については、長くなりましたので、途中で原稿が消えてしまうので、次回にさせていただきます。

マドモアゼル・愛公式SHOP
マドモアゼル・愛 公式SHOP

 

月星座の最終解説第五回「月がいて座・やぎ座」 2019年10月28日(月)

月星座が示す人物像は本当のあなたではありません。なので、大変辛辣な内容ですがこだわりなく語っております。月は本当の自分とはまったく関係ないにも関わらず、私たちにそれを自分と思わせ、私たちに常に不完全感を与えるように働きます。月が示すものは能力ではないにも関わらず、幼少時代の印象から、それがあたかも自分が得意かであるように、また、それが本当の自分であるように見せます。

その結果、私たちは月の幻影を自身の姿と思い込み、不完全なその姿をいけないものととらえ、それをどうにかしようとして焦り、煩悶し、悩みます。それは単に苦手なものであって「ああ、それ、私はできないよ」と気楽に考えれば何の問題もないにも関わらず、それができないことは、一大事であるかのように考えさせる、、、それが月です。

人には苦手なものや不得手なものがたくさんあるのに、なぜか月が示す事柄に関してだけは、そうであってはいけないような、自分を責める気持ちを生じさせます。子供時代にそれがもっとも得意だと思っていたためです。

そのため、月を自分だと思うと、不得手で能力のない分野に全エネルギーをつぎ込んでしまいますので、私たちはほとんどのいきるために必要なエネルギーのほとんど、場合によってはすべてを月に奪われてしまうのです。どんなに努力しても報われることのない生涯を遅らせるのは、月です。

月から自由にならない限り、私たちは本当の自分の人生を生きることはできないでしょう。一般の占星術では月が才能であったり、美徳であったり、適正であるように語っていますが、それは見事に反対であり、それだけはやってはいけないことです。それでもやるというのでしたら、苦しい人生を選ぶことになるでしょう。どんなに努力しても月並み以上には発展できないためです。

月の意味と意義は、私たちが描いた純粋な子供時代の心をそこに残している点です。この世で永遠に達成できない能力ではあるものの、純粋な思いを持ち続けられるということが月の命です。私たちは、月については、その星座が示す思いを純粋にただ思い続けるだけで価値があるのです。この世の形にできないということで、純粋性を保てるのです。

自身の思いを犠牲にして自身の生涯では得られないものを、人類の全体の夢として持ち続けることができるのは、月の働きなのです。月を自分のために、自分の人生の目的に使うことはできませんが、それを純粋に保持できる働きに意義があるわけです。本当に占星術はものすごい構造をしていると思わざるを得ません。宇宙学問であり、人間が考えたものとは、おそらく違っていると思います。無意識にとらえられて自分の人生が生きられないという心理学の重要テーマは、見事に月の星座で理解できることになるわけです。

さて、今回は残り四星座のうち、いて座とやぎ座の月についてです。かなり厳しい内容になりますが、それは本当のあなたではなく、嘘の自分を自分だと思っている際に生じるものとして語っているのです。そのことに気づくことで、私たちは迷妄を取り去り、本当の自分の人生を送れるようになります。月が自分だと思っているうちは、自分の人生ではない、苦しい生涯を歩むことになるでしょう。

月がいて座
いて座は火のエレメンツの最終星座です。火は自我を表し、その最終段階にあるということは、この人の自我が際限なく広くいきわたることと関係しています。この世のことを学び、この世がよくなるという前提で自身の生き方を考え、実行するのがいて座の性格。月はそれに対する欠損ですので、月いて座はそうしたものをもっていない、、となります。

世の中が良くなってほしい、、、この世がどういう仕組みでどのように動いているのか、、、高度の学問を学ぶとはどういうことか、、、ということを本気で考えられるのが、いて座です。しかし、月は欠損であり、その反対となります。一言でいうと、物事を深く理解する点において問題が生じるのが月いて座の特徴なのです。しかし、月いて座の人は自分に理解力がないとは、絶対に考えません。月星座について、他の星座では、自身に照らし合わせて理解していただけることがほとんどですが、月いて座の人はほとんどが認めません。

いて座は高度の学問や高度の社会性、そして正直で善意の星座ですが、月はその逆ですので、月いて座の人は、社会性も本当にはないし、正直でもない、、となると、確かに認めたくないことでしょう。まして、理解力がない、、、と言われては納得できなくても当然でしょう。

しかしそれでもなを、やはりいて座の要素が月いて座にはないのです。語学にしろ高等な学問にしろ、憧れはあり、ある程度はこなす人が多いのは事実ですが、では本物の通訳になれるほど語学力があるのか、本当に深い学問に進むほど能力があるのか、、となるとやはり疑問なのです。月いて座の自己イメージは高度ですので、それがない、ということに耐えられないケースが多くなります。

月いて座の社会理解は、どこかで読んだものであったり、誰かが言ったもの以外にありません。自身で考え理解することができないので、どうしても社会的に認められている権威に頼ります。それも深くは学んでいませんので、月並みで当たり前のことしか言えないでしょう。

社会や世間から自分がどう見られているかは非常に気になる人ですが、建前の知識しかありませんので、深い自信に支えれていませんから、社会的にはにこやかに接し、社会正義を持つイメージを強調しますが、心底からの正義ではなく、あくまで正義の人に見られるようにふるまうのが特徴です。

また、論理性も形だけのものですから、すぐに行き詰まります。しかし、決して自分の間違いを認めませんので、つい手が出るなどの暴力性が内在しています。

いて座は発展の木星を守護星に持つ星座ですが、月いて座には、その発展性がないのです。自分の中から何かを編み出し、発展させていくことが本当はできないのです。しかしそうした自分を絶対にこの人は受け入れませんので、自分が思ったことを絶対視し、その間違った信念を固執する以外に社会的に進むことができなくなります。

それが偶然にうまく運ぶことはありますが、理解力と判断力に問題があるので、連続してすべてがうまく進むことはなく、どこかでぼろが出たり、すぐに限界が訪れます。なので、この人にとっては受け身が本当の姿です。受け身でいかねば世の中を渡っていけないと考えるため、感じの良い態度や言動が重要な要素となるわけです。

月にとらわれると、自分のいたらない考えに固執するだけの、発展性のない生涯になりがちです。また、容易に反正義、反社会性に傾く可能性もあります。

なんだか悪いことばかりあげつらいましたが、それらは、本当のあなたではないと言いたいからです。ただ、月が自分だと思っている限り、上記の運命はかなりの確率で現実になるはずです。月が自身ではないことに気づくまで、この人は月の幻影に振り回され、その生涯は一人勝手な周囲との関係性の少ない浮きあがったものになります。

月いて座の格言
あなたは自分が思っているほど良い人でもないし、社会的正義感も嘘です。ただ、それはポーズの上では見事に貫きますが、実際に自身の損得と関係する場面ではあっさりと正義など捨て去ります。もともとそうしたものがないからです。

あなたの開運は高度な自己イメージにとらわれている限りは厳しく、自分はそんなに立派な人間ではない、、、結構適当で軽い人間かもしれない、、、勉強も学びも本当はポーズにすぎないのかもしれない、、と認めることができてはじめて、あなたの本当の人生が手ごたえをもってスタートできます。

月がやぎ座
月星座もいて座以降は最終星座となるため、その幻影も大きく、重たいものとなります。
そのため、周囲にもたらす影響も大きくなるのが特徴です。月の欠損は最終4星座においては自身の運命とともに周囲をも巻き込む大きな幻影となる傾向があります。
やぎ座は地のエレメンツの最終星座です。物質とのかかわりの最終的な姿を意味しますので、企業経営や組織的なあらゆるものなど、この世の中の物質の最終的な存在と関係するため、その影響も個人だけのものではなくなります。

やぎ座は仕事を表す星座ですので、太陽がやぎ座にある人なら、通常は仕事熱心であり何等かの成果を仕事で打ち出すことが多くなります。しかし月は欠損ですので、月やぎ座の人にとっては、仕事は怖いものであり、やりたくないし、関わりたくないという本音をもっています。ただし、表向きは仕事熱心なうえ、何とかして仕事で成果を出さなくてはいけないと必死になります。

家庭の主婦の場合でも、人間の価値は仕事ができて、収入を上げることができる、、、との気持ちが強い人となります。家でどんなに働いても、家事ではダメだというかたくなな思いがあることが多く、収入をあげないと一人前ではない、家事だけではいけない、というような錯覚に陥っている人もいます。

と言って、本当は働きたくなどないのですが、そうしないといけないような気持ちでいるため、苦労して働くことで、家事がおろそかになったり、夫や子供も本当は母に働いてなどもらいたくないと思っているにも関わらず、かたくなに働かねばダメだ、、、との信仰を持ち続けたりしています。

さて、やぎ座は社長や代表という上の立場を示す星座ですので、月の場合では、自分もそうならなくてはいけない、、、と思っています。しかし、月は欠損として働きますので、その能力はないと考えます。なので、月やぎ座の人が上に立った企業や団体、事業はやがて解体し、この世の存在を消す形として働くことになります。二代目社長に月やぎ座が就くような形になると、その会社はつぶれると思ってほぼ間違いありません。

月はこの世的な事柄が幻想であることを実証する星ですので、ほとんどの場合でそうなります。物質的欠損は最初おうし座で原初的な形を取り、お金を所有できないというところからスタートします。次におとめ座の第二段階を経て、物を管理したり保持できない段階にすすみ、最終的にやぎ座の月において、この世で形なしたものを消失させる運命として機能します。

ただし、これらも、月が自分であるとの観点に立った場合であり、自分が月とは関係ないとの立場に立てば、そうした現実は起きないわけです。月はあなたをあらわしてなどいないのです。しかしかたくなにあなたが月の捕われた結果として現れることに他なりません。月は最終的な星座に行くほど、大きな影響を与えますので、とても重要だと思われます。

月やぎ座の格言
やぎ座的な幻想にとらわれず、自分の生き方を追求することです。社会的な意味ある存在になろうとする誘惑は本当のあなたの姿ではありません。仕事や社会的立場に、必死になって自身を失うことの内容にしてください。

他の方法でお金を得ることも、あなたの場合ならできるはずです。それでも働かなくてはならないのが通常だと思いますが、職場において、自分が上に立って能力を発揮しようとしなくても何等かの女房役や職場を楽しく家庭のような環境にすることで、あなたの存在感は増し、自身の居場所があたえられるはずです。

マドモアゼル・愛公式SHOP 真水、大好評
マドモアゼル・愛 公式SHOP

 

月の最終解説「月てんびん座・さそり座」 2019年10月27日(日)

大したことしてないにも関わらず、何だかとても忙しかったので、月の最終解説が遅れてしまいました。前半のおとめ座の月までは終わっていますが、月がてんびん座以降の皆様、大変お待たせいたしました。再開させていただきます。

月は欠損であり、どんな場合に於いても基本的に良いことは何一つありません。わずかに人気運では月は生きてくると言える程度で、他はすべてよくありません。そのため、月についての解説は、ほとんどその人の欠点や限界や場合によっては悪口に聞こえることになります。しかし、月は本当の自分を表すことはないのです。月は本当の自分とは違うにも関わらず、それを自分の姿だと思ってしまうことから、人生の色々な問題が生じてくるのです。月は本当の自分ではないのですが、私たちは月のことを日常茶飯事で考え、捉えられています。そのため、月があたかも自分であるかのような錯覚に陥ってしまうのです。

月は幻影であり、本質を持ちません。しかし、肉体には非常に大きな影響を与えています。それは肉体が本当は幻影であるためなのですが、物質社会における常識とは異なるため、受け入れてもらえないでしょう。しかし、月星座が表す部位は私たちの肉体的弱点を表してもいますので、覚えておくと便利かもしれません。12星座の月と肉体の関係について簡単に下記しておきます。ただし、体質的なものであり、病気になると考える必要はありません。月は肉体に関しては、星座の部位をそのまま弱点として持つことになります。

おひつじ座の月 頭部に弱点 日常的思考による衰弱など 落ち着かない精神状態 充血
おうし座の月 のどに弱点 五感に弱点 疲れると声が出なくなる傾向 弱い声帯
ふたご座の月 呼吸器が弱い 早く話せない 早く話すと意味が通じなくなる 咳き込み
かに座の月 胃が弱い 落ち込むと消化力がなくなる 胃痛 消化不良 
しし座の月 心臓が弱りやすい傾向 背中に問題が出やすい 目力が弱い
おとめ座の月 不潔な環境や状態で体を壊しやすい 細胞力の弱さがあり肌に弱点
てんびん座の月 腎臓に弱点が出やすい 重たい物をバランスよく持てない
さそり座の月 陰部や性器に弱点が出やすい 成長未熟な部位がある場合も
いて座の月  腰痛 大腿部の血行障害で太ももが太くなりやすい
やぎ座の月 骨が弱かったりもろくなりやすい傾向 肌や髪に問題が出やすい 
みずがめ座の月 血行が悪くなりやすい 足に弱点が出やすい 
うお座の月 足裏に問題が出やすい 薬の害に注意がいる

以上、体の問題に関しては、月は太陽と似ている面がありますが、あくまで弱点であるのが太陽の場合と異なるところです。

ではてんびん座の月から解説を始めたいと思いますが、てんびん座からは、12星座の後半となります。前半のおひつじ座からおとめ座までは、個人的な能力や個人的な事柄に対する欠損を月はあらわしますが、後半からは、個人にとどまることなく、周囲を巻き込む形でその欠損の影響が現れます。そのため、前半の個人的欠損は個人的には苦しいですが、後半になると月の欠損は周囲を巻き込む形での発展を見せることになります。

てんびん座の月
てんびん座は知性のエレメンツの二番目の星座で、知的欠損がもっとも重要な対人面であらわれることを意味します。人との関係性について、この人はそのことばかりを考えています。人とどうかかわっていけばよいのか、何を話したらよいのか、いつもわからないのです。わからないため、かえってどうにかしなければいけないと感じて、不要なことやその場に必要でないことなどを話したりしがちです。

そうなると、相手はあなたといても、自然な感じをいだけなくなり、お付き合いはどうしても表面的なものになりがちです。また、てんびん座は結婚の星座ですので、配偶者との関係においても、この人は非常に気を使います。常に配偶者のことを考えるやさしさを持ちますが、それはやさしさであるというよりも、恐れに近い感情であったりします。

配偶者とどう自然にいていいかがよくわからない場合も多いでしょう。しかも、そうしたことを顔に出したり、表現するわけにはいきませんので、至極普通の平静な態度を通しますが、そのことで、本当は非常に疲れ切っています。結婚生活は本当は好きなように見えて嫌いなのかもしれません。ただ、相手が嫌いというわけではありませんし、表面上は対応できますので、表立った問題が起こることは少ないでしょう。

理想の結婚生活を夢みますが、それよりも、自分は結婚生活には向いていない、、、と受け入れてみると、むしろうまくいくようになるかもしれません。他の面で関係性を強化することができるようになるからです。結婚に向いている人が幸福な結婚生活を送る場合もおおでしょうが、向いてない人でも独自のスタイルと意識により、幸福な結婚生活を送ることは可能です。

そのためには、理想を夢見ないこと、自分は本当は自分勝手で配偶者の気持ちを察する能力がないことを知っておくとよいのです。

てんびん座はまた、美の星座です。月がてんびん座にあると、おしゃれのセンスがまったくないことに気づくはずです。そしてそのことを常に気にかけ、自分には何が似合うのか、わからない頭で常に考え続けます。何が似合うか、自分ではわからないのです。これが良いと思うと方向性が一方に偏ってしまい、おしゃれのバランスが取れなくなってきます。

仕方なく、雑誌のイメージを真似て自分に当てはめる形で対応することになるでしょうが、おしゃれの喜びはありません。

てんびん座は天秤を意味しますが、すべてのことでバランスがとれないあなた。何かをする際には、一方に偏ってしまい、生活の仕方も生き方もやることも、一方に偏ってしまいがちです。しかし、それらは、バランスを取らなくてはいけない、、美しくなければいけない、、、との強迫観念から来る苦しい感情に近いものです。

もっと勝手にやればよいのです。人に好かれようとせず、言いたいことを言ってしまった方が、本当は人に受け入れてもらえるでしょう。

月てんびん座の格言
自分にはこんなに公平に物事を考える才能がある、、、人よりも自分の方が数段やさしい、、、自分は人よりも、、、的な判断病にかかりやすいあなた。それは幼かったころに、適格な判断や公平な態度や言葉で、褒められた自己イメージがあったからです。自分は本当はわがままだ、、、ということに気づいたときから月てんびん座の誤解が解け、もっと自由にやっていけばよいのだ、、、と、自分の道を進めるようになっていくでしょう。

さそり座の月
さそり座は情緒や感情を示す水のエレメンツの第二番目の星座です。二番目の星座は情緒が対人的に働く場所です。欠損も特定の相手に対する情緒的欠損として現れます。

さそり座は真実を追求し、それを確信的に知る星座です。それが欠損ということは、この人がすぐに物事や人に対して不信を抱きますが、そのすべてが当たっていないことを示します。疑いやすいものの、そのほとんどがミステイクです。情緒的欠損が特定の相手に対してなされるということは、大時な人に対する疑いや疑念を持ちやすいというか、常に持つような人ですが、すべてが誤解であり、間違いであることがほとんどです。

なぜなら、深い情緒がさそり座という星座の特徴であるところ、月は欠損ですので、深い情緒も深い感情もわからない、、ことになるわけです。しかし、子供時代に感じ取った深い感情についてのイメージはありますので、この人はすぐに深刻そうな顔や表情をします。常に、、、です。なので、本当は深い情緒も深い感情のない人なのに、そのように振舞うようになるため、一見、暗い人の印象を周囲に与えます。しかし内面は子供なのです。深い感情や情緒は大人特有のものです。それを真似ることを常にしていますので、暗く陰気な印象となりがちです。しかし深い考えも情緒もこの人にはありません。悩んでいる大人の真似を常日頃しているわけで、疑念や思い込みはそうする良いきっかけになってしまっています。

また、日常の中においても、何か重大なことや、物事が隠されているかもしれないと無意識に思っていますので、大したことがないような場合でも、疑い深く考えてしまうわけです。何かを選択したり、ひとつの事柄を選ばなくてはならない時にも、人一倍考えます。

どうでもよいことでも、その選択を間違えると、何か重大なミスが起こるのではないかという疑心があるからです。そのため、どうでもよいようなことでも、この人は躊躇し、すぐに行動できない人になりがちです。

重大なものとそうでないものの違いが本当はわからないためです。そうした自身への不安があるので、この人は常に真剣そうに、常に深刻そうに、常々を生きようとします。子供探偵団のような自身の姿を客観視することができれば、かなり自由になれるでしょう。

大人の深い感情がわからないというのは、性的情緒についても同様です。わからないからこだわりを見せます。性的事柄への不自然な態度が深い男女関係を構築できない原因になる場合も多いでしょう。愛する人と深くつながりたい、、深い情緒をかわしたい、、、と観念的に思うため、一か月に何回愛し合わなければおかしい、、というような形で恋人や配偶者に迫り、真偽をただそうとするようなことをして失敗しがちです。

さそり座月の格言
私はこんなにつらいの、、、私はこんなに一生懸命やったの、、、私が間違えたんじゃないのに、こんなことになってしまったの、、、こうした憤りを感じた際に子供は深い感情を演出しますが、それは本当の感情とは異なります。あくまで、自分はつらい、自分には能力がなかった、自分には力が足りなかった、、、という表現に他なりません。

自分の未熟さを相手を巻き添えにしてわかってもらおうとすることで、この人は人生の問題を起こします。愛する人を交えた形となりますので、注意しなければなりません。自分が本当は未熟で力がないことを素直に認めれば、むしろすんなりと通過できる問題なのです。

何も、自分がこんなに苦しいという態度を見せる必要などなかったのです。何か一つ、本当に優れた分野を持つことで、わりと簡単に克服できるはずです。どこか一点でよいので、大人でしかできないレベルのものを持つことが良いでしょう。

マドモアゼル・愛公式SHOP 真水、大好評
マドモアゼル・愛 公式SHOP

 

月の最終解説三回「しし座・おとめ座の月」 2019年10月21日(月)

月について、今回はしし座とおとめ座の月です。ご自身の月星座が何かわからない方も多いと思いますが、ぜひ調べてお読みくだされば有難いです。一見難しく思われる内容かもしれませんが、お読みいただけたら手ごたえがあると思います。また、月を知ることで、やたら不要なエネルギーを月に奪われることもなくなり、本来の人生を歩めるようになります。

この世の問題、人生のほとんどの問題は実は月によるものです。これを知るのと知らぬでは、今後の生き方、あり方のすべてが変わります。

月は欠損であり7歳以上は発展いない能力としてお話ししてきていますが、それらはサインの特性により、はっきり分類できます。
火地風水のエレメンツの場合、火のエレメンツは自我の欠損を三星座共通に持っています。地のエレメンツの場合は、物質的欠損を三星座共通に持っています。風のエレメンツの場合は、知的欠損を三星座共通で持ち、水のエレメンツでは情緒的、感情的欠損を三星座が共通して持っているわけです。エレメンツ分類での理解はとても重要になります。

さらに、星座は運動星座、定着星座、柔軟星座に分けられますが、そこにも共通する欠損が見られます。

まず、運動星座の4星座の月は、運動状態を持てないわけですので、物事を開始したり目的を持った行動に出るのが稚拙となります。定着星座、不動星座とも言いますが、この4星座の月は、定着できない、不動でいられない、、ということになりますので、同じことを長く続けることができません。生涯ひとつの仕事を続けることも少なくなります。一定の方針は持てず、すぐに変化する性質です。柔軟星座の4星座は、柔軟でなくなりますので、非常にかたくなで頑固な感情的主張が見られます。やり方はワンパターンになりやすく、ひとつのことにこだわると動けなくなることで共通しています。

以上、エレメンツ4分類。運動・定着・柔軟の三分類を基本に置いておくと星座理解が進むのは、原則通りです。

では、しし座以降の月星座の解説に入ります。

しし座の月
しし座は火の星座です。火の性質が対象物や対象となる人に向けられた状態です。自我と他者の自我とがぶつかり合う時にしし座の性質が表に出ます。太陽がしし座にあれば、自身の自我で他者の自我を支配したい、、、という欲求になりますので、自信がありますし、人からの称賛を求め、それを得ることで生きがいを感じます。月の場合は欠損となりますので、人の思いや思惑や称賛に対する欠損を表します。
他人が怖いわけです。自我の弱さを心の奥では知っていますので、対人関係全般に自信がもてません。表面上は強気を装っても、本心ではまったく自信がないのです。そのため、一定の人間関係の中で、この人の力量は段々と軽くされていきます。自分に本当は自信がないのですから、相手や周囲もそのことをベースにしてあなたを捉えるようになります。そのため、軽く扱われやすくなります。

一般の星座理解では、月がしし座にあると強気だとか自信家だとか言いますが、まったく嘘です。反対です。そして軽く思われるようになるのが一般的です。

またしし座は未来を描く力をもつ星座です。月は欠損ですので、未来を描くことができなくなります。しかし、7歳までの子供が未来を描いたり、夢を描くのと同じことはできますので、自分なりの未来観を極めてわかりにくく、けっこうしつこく人に話したりします。

本当は自信がないので、人に話すことであたかもそうであると思いたいからです。しかし子供の話しがちょこちょこ変わるように、この人の未来の話しも常に変わります。一定の目的を持った話しはできません。ひどい場合は、話しの際ちゅうにでも未来と現実が交錯しがちで、この人の話しをよりわかりにくくしています。

小泉進次郎氏は月がしし座にあると思いますが、しし座は政治家が適正職業です。しかし、小泉氏の場合は月なので、まったくあっていません。その能力だけがないと考えるのです。そのため、未来と現実がごちゃごちゃになり、一体何を話していいるのかわからない印象を与えてしまっています。また、おそらく自信がないと思いますので、自信はポーズのみとなり、なんだか気の毒な印象となります。他のことでは絶対に能力がある人だと思いますし、やさしい人格でもあるとおもわれますが、政治家としては残念ですが、道を間違えたとしか言いようがありません。しかも月はそのことだけに囚われますので、どこまでも父のような政治家、、、というイメージを持ってしまい、そこから抜け出すには大変な苦労があることでしょう。しかし、そこからが小泉氏の本当の人生のスタートとなるはずです。自民党内部でも、すでに軽く扱われ出しているかもしれません。良い人だけに気の毒です。

月しし座は小泉氏のみならず、本当に良い人なのです。人を支配しようとしない、謙虚な人です。自信がないので悪いこともできません。みんな、もっと元気であかるく、正しく生きていこうよ、、、との純粋な気持ちを心の中にもっている人なのです。

月しし座の格言
あなたの明るさと演劇的ではあるもののその不完全な楽しさは、人をホッとさせる面があります。あなたはみんなが元気で明るく生きて欲しいと願う、本当の良いものを持っています。現実の暗い部分に触れると心底落胆し、人が嫌いになるかもしれません。自分のために生きることを知りませんので、人生の楽しみさえ誰かのために行動するとの思い込みの中で消えていきます。人は関係なく、自身だけの楽しみを見つけてください。人にはわからない、自分だけの楽しみと喜びができた時、あなたは自分の生き方に自信を持つことができるようになります。


月がおとめ座
おとめ座は地の星座です。地の星座の月は物的欠損を意味します。おとめ座の場合はそれが保管、管理、長持ちさせたり、使い勝手を良くするときに才能を発揮する星座ですので、月はそれがないことになります。

そのため、この人は物持ちが悪くなります。新品の品を紙袋から出すときでさえ、汚くビリビリに破き、中から乱暴に品を取り出します。解説書などは読んでも理解できませんので、勝手に使い出し、すぐに壊したりしがちです。そしてそうしたことに、何とも思わないのです。

部屋はきれいにしたい、、家の中は整理整頓されていて、常にきれいにいたい、、、との気持ちは本当に強くあります。しかし、この人が片づけをすればするほど、家や部屋は汚れて行きます。整理整頓、清潔、きちんとする、、、そうした能力が欠損しているからです。しかし、夢としては7歳のころまでに持った、清潔や子嫌いな印象への憧れがあります。しかし、それを実際に行う力がないのです。

使いっぱなし、、、捨てっぱなし、、、洗濯しっぱなし、、、読みっぱなし、、、のもので家や部屋はいっぱいになり、子供心の清潔な家のイメージから遠ざかる現実に傷つきます。

子供時代に私たちは親にほめられたいと思います。その際に必ず通る道はお片付けです。両親のために家を掃除する、、、きれいにする、、、との気持ちや思いを誰でもこころの中にもって育ちます。とくにおとめ座月の人にはこれが強いのです。親から、きれいにお片付けができたのね、、、と人一倍言われたい。あら、お掃除を手伝ってくれるのね、、、偉いわね、と言われたい。そうした純な思いが今なをこの人の胸の奥にしまわれています。

しかし、いつの頃か、どんなにお片付けしても、親の掃除の手伝いをしても、ちっともきれいにならず、親からストップをくらったり、場合によっては叱られてしまった思いがおそらくこの人の中にあることでしょう。

そしてそのまま、あなたの清掃や整理整頓への思いはストップし、そのまま、しこりとなり、こだわりとなって今なを眠っているのです。

なので、自分の部屋が汚れている、、、ことにとても傷つくのです。そしてお片付けしようにも、すればするほど汚れてしまっていく、、、不思議な個性のような悩みとなるでしょう。

おとめ座はまた職務を示す星座です。労働です。労働は与えられた責任を果たすことで報酬をいただきます。それが欠損していることは、この人にとって、労働や働くことは、つらく苦しいことになります。職場で責任を果たすことができないのではないかという思いが、重くこの人にのしかかります。

実際に手際よく仕事をこなす人のようには、どうしてもできない自分。その分、時間もかかるし、表面的な取り繕いもしなくてはならず、そのことが小さな胸を痛めつけるのです。なので、この人が職場に行く、働くことには、通常の人の数倍の心理的負担がかかっています。

表面的な取り繕いだけでもして、何事もないように見せなくてはいけないので、子供じみた対策や子供じみたごまかしで表面を取り繕うこともありますが、よく見るとシャツが反対になってきているような間違いをこの人は時折やります。それがあまりに稚拙で可愛いので、実は職場での人気はあるのです。

自分ではうまく働けないけど、誰もがきちんとした仕事につけられて、求められる義務をきちんとこなし、清潔な家で、日々ストレスなくみんなが暮らして欲しい、、、との純な願いをこの人は持っています。

お母さんが洗ったお茶椀には、必ずご飯粒の後が残ってる、、トイレ、全然きれいになってない、、、と、物心がついた子供はこの母を責めるかもしれません。なんだか、自分の子供にさえ頭があがらないような不思議な気持ちでさいなまされることもあるでしょう。しかし、そんなピュアな思いを知った人からは、きっと深く愛される人になります。

月おとめ座の格言
物質を長持ちさせたり、保管、管理できないのですから、簡素な生活や簡素な暮らしを求めると混乱するケースが少なくなります。物を持たない生活、必要なものはその時に購入し、保管したり管理したりしない生活プラン。自分の持ち物は旅行用ケースひとつに全部入る、、くらいの生活をイメージするとストレスがなくなるかもしれません。
 仕事で悩むことも多くなりますが、仕事に自信が持てなくても、不思議とあなたの居場所は必ずあります。なぜだかわかりませんが、おおくの月おとめ座の人がほぼ間違いなく仕事で苦しんでいますが、なぜか、責められもせず、居場所はあることが多いです。ピュアなものを社会は必要としており、その片鱗があなたを通して人は感じられるからだと思います。

マドモアゼル・愛公式SHOP 真水、大好評です
マドモアゼル・愛 公式SHOP

 

12星座別「月」解説第二回 ふたご座・かに座・しし座の月について 2019年10月18日(金)

月についての最終解説第二回です。今回はふたご座・かに座の月についてです。
 月は子供時代から何ひとつ変わっていないその人の一面を表し、子供時代そのままの未成長の性質、そして能力を意味します。能力も未成長ですので、月で行ったことには実力は伴わず、必ず失敗に終わります。ほとんど例外はありません。ただし、子供時代の再現として周囲は感じ取りますので、人気は月によります。しかし、それを自分の本当の姿と思いこみ、また、月の能力を本気で追求し出すと、私たちは生涯を棒に振ることになります。月は本当のあなたの姿とは違うのです。そのイメージに自身も囚われてしまうため、月の自分像を追求してしまいますが、それが人生の罠そのものです。こうしてほとんどの人が月の幻想を自身だと思いこみ、せっかくの人生を棒に振っていってしまいます。月は自身ではないが、未成長ということは、純真な思いがそこにあるわけで、それだけが大衆の心をつかめるわけで、人気とは自身の成長を犠牲にした時に得られる代償と言うことになります。人気を意識する人生は残酷であり、現代の価値意識の薄っぺらさはまさに月から来ているわけです。しかし月文明は必ず滅びることになるでしょう。では、個々の解説を続けます。

ふたご座の月
ふたご座は風の星座です。風の星座の月は知性の欠損を意味します。その最初がふたご座ですので、知性の原初的欠損、、、すなわち、考えることができないことを意味します。ふたご座の月を持つと、自分では知性があり、知性で生きることが最高であるとの思いを持ちます。

それは子供時代の自己イメージが知的で頭の良い子、、、であったためです。親からお利口ね、、、頭が良いのね、、と言われたり、人からそう思われることがアイデンティティとして子供時代の心に根深く根付きました。そのため、成長してもその自己イメージを捨てることができず、自分は知的であり、文章も上手に書け、説明もしっかりできる、、、との自己イメージを捨て去れません。

しかし残念なことに、それだけが未成長なのです。小学校や中学校までは何とかそのイメージを繋げられますし、実際に7歳頃までの頭脳であれば、頭の良いこでしたら、中学三年生程度までの学力には付いていけるため、そうした自己イメージを守ることはできるでしょう。

しかし、高校生になり、さらに大学時代になったりするうちに、何とはなしに、自分には思考力がないということを感じだします。それでも自己イメージは続きますので、そんなはずはない、、自分は頭が良い、、との葛藤が生涯つづき、その証明と弁明のための生涯を送ることになるでしょう。

月ふたご座の人は良くしゃべりますが、意味がよく伝わりません。それは自身も感じ取っていますので、もっと他の言い方、、、もっと他の表現、、と立て続けに弁明をしだすので、話しがさらにわからなくなったりしがちです。

文章も本当は苦手ですから、書くことに非常に苦労します。月ふたご座で文学界で成功した人もけっこういますが、皆、一様に苦労したことがわかります。中には、自身での考えができないため、借用が多くなり、悪くすれば盗作問題すれすれの場合も多くなります。

何かを真似ないと、調べないと、確証が得られないと、不安で仕方ないのです。自分では考えられないためです。

このように月ふたご座の人は知的欠損を生涯持ち続けますが、その弁明に固執しなくなると本当に生きることが楽になるでしょう。
月ふたご座の人に必要な考えは、「私、本当はバカだから」という気持ちを持つことです。大変失礼な言い分になって御怒りの方もいらっしゃるとは思いますが、正直によく振り返っていただけたなら、それは本当ではないでしょうか。

ただそうは思えない場合が多いでしょうから、月ふたご座の人が怒るパターンは、実は自分がバカに思われた時なのです。バカ、、という言葉に非常に敏感に反応しますし、また、バカな人を内心でバカにしていることが多いと思います。

昔、私の知人に非常に頭の良い、成績がトップクラスの月ふたご座の人がいました。勉強はできたのです。しかし、本当には考える能力がなかったため、いつもワンパターンの仕事しかできませんでした。融通が利かないのです。そしてその人は知的能力に劣っている障害者をわりと本気でバカにしていました。それを見て、私は危ないものを感じました。知的能力は人間性とは何の関係もありません。

月ふたご座は、自身に知的欠損があるのですから、自身の知的イメージさせ捨てれば、人格者として変身できるのです。

また、月を自分のために使わず、世の中の人がすべてよい教育を受け、良い学びの場や環境が整いますように、、、との素直な思いだけを大切にすればよいのです。そして自身の能力は知的に限らず、色々な能力がありますので、他の惑星を使い、その人の能力を発揮すれば何の問題もないのです。

月ふたご座の格言
自分はあまり深い考えができない、、ないんだ、、、と思ったとき、あなたの秘めた高度な人格が表に出るようになります。あくまで知的自分像にこだわると、むしろ「はすっぱな印象」の人になりがちです。月にだまされないことです。


かに座の月
かに座は水の星座です。水の星座は感情の欠損を示します。その最初がかに座ですので、もっとも原初的な感情の欠損を意味します。原初的感情の欠損とは、人が抱く最も自然な情のようなものでしょうか。

何かを敏感に感じ取る能力や、人の思いを感じ取る力、それがあって初めて、母は子供がどういう状況にあるかなどがわかります。そうした能力がないと、どうしても大切なものを守る力を失います。

そのため、月がかに座にあると、自身を守る力の限界を意味することになるわけです。どんなに疲れても、それを敏感に感じ取れませんので、この人はある限界を超えるパタッと倒れがちです。それまでは元気いっぱいだったのに、ある日突然風邪をひき、長らく寝込む、、、というようなパターンと縁があるでしょう。

感じ取る能力がないからです。一見、やさしい人ですし、楽しい人ですが、相手がどういう状況にいるのかを感じ取ることができませんので、一般的な尺度でしか相手のことを思えないというところがあります。子供は何を悩んでいるのか、、子供は何を求めているのか、、母とは何なのか、、夫はなぜそうした態度をとるのか、、妻の思いは、、、そうしたことが実はわからないのです。

なので、一般的な解釈から身内を捉えますので、本当の意味でも深いふれあいはできなくなります。これが感情の欠損ということです。自分のことも身内のことも、その深い部分のことが分からないのです。

言われたことはもちろん理解できますし、わかりますが、言外のイメージを捕まえることができません。人間関係全般でそうなのですが、とくに身内ではそうしたコミュニケーションが基本となるため、この人はそれが分からず、身内との人間関係で実は疲れるのです。

しかし、それではいけないとの思いがあるため、かえって家族に縛られるような人生になりがちです。となると家庭は憩いの場であるよりも前に、葛藤の場となります。それも理想論を前に出して、母とは、家族とは、という子供時代に覚えた理想家庭像があるため、かたくなにそれを守ろうとします。

こうした表向きの態度と内的な本当は身内との関係性が分からない、、感じ取れない、、、という独特の苦しみを味わうことになるのです。そのため、この人は旅行などで家を出るときの開放感は半端ではありません。誰よりも家を出られる日を心待ちにしています。家にいるのが本当は苦しいのですから当然でしょう。

人は何も月以外で生きられないわけではありません。反対で月の特性で生きようとすれば、苦しくなり、人生そのものを破壊します。しかし、人は月が本当の自分だとかたくなに思う罠にはまっていますので、一番苦しいことを一生懸命にやろうとして、すべてを失っていくのです。

ですので、この人は、人は立派な家庭をもたなくてはいけない、とか、立派な母でなくてはいけない、、と思う不自由から自由になることが大事なのです。一般的に常識との戦いになりますが、しかし実際に、「私、母ができない」と思った方が、むしろ、責任感が他の部分からもたらされますので、むしろ客観的には良い母となり得るのです。実際に、本当は良い母などできないのに、それを演じていた時よりも子供たちも楽になります。

縛られた概念で子供も何かされるより、勝手な母であってくれて、母らしくない形でもいいので、何かしてくれる方がずっと楽なのです。

母は料理に疲れたので、500円置いておくので、勝手に食べててください。
とでもいった方が、ずっと子供も楽だったりします。もちろん、赤ちゃん時代など母の保護がないと育たない時にはそうはいかず、月かに座の人は苦しいでしょうが、意外に、7歳までの母親像はこなせますので、大丈夫です。

子供が7歳以上に育った際に、理想の母を演じることですべてをダメにしてしまうことを覚えておいてください。しかし、7歳までに培った温かい家庭、やさしい家庭に対する憧憬は確実にあります。子供心で、自分の子供も育って欲し、、守ってやりたい、、との純粋な思いは間違いなくある人なのです。しかし、それを実現する能力がないだけなのです。なので、この世にやさしく、温かな家庭があって欲しい、そうあって欲しい、、、との願いと思いは純粋ですので、その思いだけは持ち続けることで、具体的な責任からは降りて、重荷を下ろすことです。

月かに座の格言
あなたはやさしい人ではありません。もうやさしく振る舞わねばいけない、、、という生き方を今からやめることです。家庭に縛られる必要もありません。(ただし子供が七歳までの間は我慢してください。我慢しなくても自身の中の母なるイメージでやっていけます)
あなたが家庭から自由になれば、家族はもっと自由を感じます。あなたが嘘のやさしさを捨てると、本当の責任感が出てきます。それが実際の家庭を救うことになります。


今回はここまでになります。しし座以降はまた続きます。お読みいただけたらわかるように、非常に辛辣な内容のように思えるかもしれませんが、太陽の獲得する性格と違い、月は生まれついての欠損ですので、ほとんど例外なく的中します。よくご自身を深く考えていただけたら、当たっていると思います。ぜひとも占星術に携わる方々は、偏見を捨て、ご自身の場合で、また周囲の人にも当てはめて、月星座に対する見方をもう一度考えてみてください。感情的な批判もわかりますが、一応、私はこの一年以上、体系的な形でそれなりに説明して来ています。それをご理解した上でのご批判ならいつでもお受けいたします。月が人の人生を破壊することは、月の責任ではなく、月の有難い働きの一貫であり、それを正しく解釈することに人が失敗しているだけなのです。

マドモアゼル・愛公式SHOP 真水、大好評です
マドモアゼル・愛 公式SHOP
 

12星座別「月」解説第一回 おひつじ座・おうし座の月について 2019年10月16日(水)

12星座別「月」解説第一回 おひつじ座・おうし座の月について

月について、それは7歳までの頃の純真な思いであり、純真さを保持するために成長はそこでストップする、、、という解釈を先日ご紹介しました。人の純真さに最後は神がかかる構図と関係していると思いますが、月の持つ純粋性は、それを自分像だと思いこむための悲劇を一方で引き起こします。

それについてはこれまでにも多く語ってきた通りです。ここで改めて月についての12星座別の解説を行いたいと思います。これにて一応の月シリーズは終えることができます。途中からお読みの方でよく理解できないと思われる人も多いと思いますが、ブログで、またユーチューブで、かなりたくさんの月シリーズがありますので、お時間がある際にでもトライしていただけたら、月の全体像が把握できるようになると思います。よろしくお願いいたします。

おひつじ座の月
おひつじ座は火の星座です。火の星座の月は自我の欠損を意味します。その最初がおひつじ座ですので、自分自身の捉え方に欠損が見られることになります。
おひつじ座のキーワードは「我あり」ですので、その欠損は、自分という感覚が得られないところから出発しています。

そのため、自分という感覚がないために常に自分についての感情に支配されることになります。普遍的に人が持ちやすい自分らしいかっこよさ、、、がおひつじ座月の人が陥るポイントとなります。

かっこよい自分・有能な自分・はっきりしている自分・主張できる自分・強い自分・目的に向かう際のゆるぎない確信を持つ自分・リーダー的な自分、、、要するに太陽おひつじ座が意味する自分像とその意味では同じです。太陽の場合はそれがある、、、のですが、月の場合はそうなりたいだけで、またそう思いたいだけで、それだけが無いことになります。ただし、7歳までの自分像としては永久に保持されます。

しかし自分はその自分像ではありませんので、英雄的自分像を否定的に刺激されると、敏感に反応することになります。また、他人のそうした部分への欠損を許せなく感じます。

弱さを指摘されると反応せざるを得なくなったり、バカにされたと思うと反撃したり、自分のイメージに対する事柄に防衛的反抗を企てざるを得なくなるわるわけです。

突然怒り出す、興奮する、イライラする、、、わけですが、それは自分のイメージが壊されただけではなく、そうした自我が欠損している人への攻撃ともなります。またライバルなどではないのに、有能な人がいればそれを自身の能力などへの挑戦として受け止めてしまいやすい面も出てきます。

はっきりものが言えない人へのいら立ち、、、主張できない人に対する強要的な態度、、、不自然なエネルギーの流れに対する憤り、、、

簡単に言うと、自分は有能であり、自分だけが有能なのだ、、、という証明に追われる人生になりやすくなります。しかし事実はそうではありませんので、自分の能力を示すことは多くなりますが、結局は自分を商品化することとなり、そうなると破滅していきます。もしくはエネルギーを失い、廃人のような消沈に襲われることが多くなるわけです。

自分は凄いんだ、、、という子供が持っているスーパーマン理解を、自分ではない、人間存在に向けた時、月の持つ純粋性が輝きます。

人間は本当は凄いんだ、、、人間は本当はスーパーマンなんだ、、、人間は絶対に何にも負けないんだ、、、私たちは凄いんだ、、、との純粋な思いを抱けられるのは月がおひつじ座にある人だけなのです。その意味で、人間存在の最終的勝利に対するピュアな思いを、多くの人は子供時代にもっていたものの、成長するに従い、それを失っていきます。しかしおひつじ座月だけは、その純粋性を持ち続けていけるのです。ただし、それは自身の人生においては活かせないものであり、単に純粋に思いを保持する点に価値があるのです。

月によって何かを成そうとしたり、月を自身だと思い続けてそれを体現しようとしたりする試みはすべて失敗します。無いものを達成させようとしても無理だからです。自分の無力を知り、その純な思いを祈りにした際、最終的に神がかかる足場として機能するのです。ですからおひつじ座月の人の持つ仕事は、ただ、人間の勇気と情熱が最後は勝つというピュアな子供時代の思いを持ち続けることにあるのです。それを自身で体現しようとしたときは、消耗と苦労の挫折の人生と送ることになります。

格言
自分の能力の発揮により自分の存在の証明をしないこと。そうしたものと関係ない意識と態度で人生を生きること。

おうし座の月
おうし座は土の星座です。土の星座は物質的欠損を意味します。その最初がおうし座です。もっとも純粋な形で物質の欠損を暗示することになります。
おうし座のキーワードは「我所有す」です。月はその欠損ですので、何も所有できないことになります。

物質を感じられる最初のスタンスは、通常五感を通します。そこが欠損となるということは、月おうし座の人は五感が欠損しているわけです。しかし、月のおうし座の人はそうな絶対に思いません。自分ほど五感に優れている人はいない、、と思っている場合も多いでしょう。

しかし、その人が思う五感は7歳ころまでに知ったものであり、それ以降の成長はしていないのです。なので、ワサビはダメ、、、なんであんなものつけるのか、、と怒ったりします。子供が間違ってワサビを食べてしまった怒りと衝撃が大人になっても続いているからです。

なに、あの臭いは、、、我慢できない、、、、誰でもイヤな臭いはいやなものですが、我慢できないのが子供時代の特徴です。大人になってもそのままです。

このように、月おうし座の人は常に五感の不快感に悩まされるのです。常にイヤな臭い、イヤな味、イヤな触り心地、イヤな肌触り、などによって、常に攻撃された人生となるのです。

そのため、自分は五感が優れていると思いがちですが、7才までの五感で止まっていますので、本物の成熟した味や香りはわかる道理がありません。ワサビを知らない間に食べてしまって怒る程度の味覚ですから、高級料理をたべても本当はわからないのです。街中の牛丼の方がおいしいと本気で思ったりしがち。そして牛丼でもあの店とこの店では違う、、、というようなことは敏感に察知し、人に言ったりしがちなのも、子供時代の特徴と考えればよく理解できます。

理想の五感を得たいので常に攻撃を受けるわけですが、おうし座本来の所有に目を向けると、その物質的欠損はさらにわかりやすくなります。所有できない、、、という運命は、お金が持てない、、土地が持てない、、自分の物がない、、、という状況を生み出します。

しかし、所有へのこだわりから、自分はお金持ちであると思いたいし、また、そのように人に見せたいし、思われたいのです。

こうした意識と態度が原因で、月おうし座は実際のお金に困るという運命を招きがちとなり、この人の人生の挫折は金銭問題となります。

人の物を欲しがる、、家のお金は自分のお金とどこかで勘違いしてしまい、両親の財布の中のお金があたかも自分がもらえるもののように感じ取る気持ちがあったりしがちです。

お金への執着は、最終的には豊かさへの希望です。それを自身にもたらそうとした点が月の罠だったのです。

豊かさと安寧への憧れは、月おうし座のみならない、人類の憧れでもあります。自分が豊かになりたい、、、それは誰でもそうですが、月おうし座にはそれが許されない生まれとなります。豊かさを私たちに置き換えることで、この地球が私たちの世界が、豊かであって欲しいということを祈り願う運命があなたにあるのです。

私たちを豊かにしてください、、、この地球のめぐみが永遠でありますように、、、豊かな収穫をお願いします、、、豊作でありますように、、、自然の恵みが常に私たちにありますように、、、

豊かさを自分の所有から家族所有、国の財政、地球のめぐみに置き換えるピュアな思いがあることで、月おうし座は輝くのです。

自分が金持ちになろうとしたり、自分が他の人よりも良い服を着ようとしたり、自分が誰よりも金持ちに見せたいと思うことで、この人は人生を挫折させていきます。それを全体の豊かさへの願いとして常に持ち続けることで、この人の顔付き、態度に一層の磨きがかかり、素晴らしい人気が高まります。月は願うだけで自分がそうなろうとしないこと。そこにプレゼントがしまわれているというのが、おうし座月の特徴なのです。

ふたご座の月以降はまた順次続けます。

マドモアゼル・愛公式SHOP 真水、大好評です
マドモアゼル・愛 公式SHOP
 

お月さまが願うこと 2019年10月08日(火)

月はなぜあるのか、、、

月について一年以上にわたって述べてきました。そのすべては、月は7歳までに得た最初の自分像であるということです。

しかし7歳までに得た自分像は主に母親からほめられたい、、、という動機の元に作られた自分像でしかありません。

7歳以降は水星が支配する時代になりますので、月の自分像は原型として自分の中に固着し、自分は月であるとの思いをその後も強固にしていきます。その結果、7歳以降においても、私たちはあらゆる場面で月を通した眼鏡で自分を見つめることになります。

月の性格や能力は、母の手前で作られた本当の能力や性格ではありませんが、その印象は固着して深められ、一生涯にわたって私たちは月とかかわる自分像を描き、それによって苦しめられます。

なぜ苦しむのかというと、月は7歳までの自分の印象でしかなく、実体ではないからです。しかし印象は固着して変更が利きませんので、意識的に月の性質や能力を深めることができません。あくまで月の自分像の印象である7歳児が持つ能力程度のものしか発揮することはできません。一言でいえば、物まねがうまいか下手か、、程度の能力を月は私たちに限界として与えているわけです。

しかし、幼少の頃に得た自分像はインプリントそのものですので、強固にまたかたくなに自分であると主張します。印象を乗り越えられたら問題はないのですが、月は常に最初の自分像であり、私たちはとくに意識的になれない際には、必ず月の自分像に戻ってしまうようにできています。

とくに病気の時や心細いとき、先に希望がないとき、老人になり力も意欲も衰えた時などに、やさしく故郷のように月は私たちを捉え始め、人生終了のプログラムに入らせる恐い働きでもあるのです。

逆に人生において前向きで積極的、元気がある日々を送っているときは、月の自分像に捉えられることは少なくなります。ただそうした場合でも、ふっと気がゆるんだり、とっさに弱気になったり、何か迷妄が襲った際に、月はするすると私たちの心に入りこんできます。最初の自分像は決して消えることはありません。
ただ、月は意識作用の前では完璧に無力となります。意識的な行動と活動が多い時代において、私たちが月に捉えられて人生終了のプログラムを開始することがないのはそのためです。

しかしどのような場合であれ、意識的なものがなくなれば、月はその間隙をついてスルスルと私たちに入りこんできます。弱くなったとき、月は常においでおいで、、、をしているわけです。

長らく使ってなかった引き出しの中から、古い懐かしい物がでてくる、、、誰でもなつかしさでいっぱいになりますが、そこに魂を取られるときと、そうでなく、単に「ああなつかしいな」と言って、捨ててしまえるときがあります。魂を奪われるときは月に捉えられているわけで、意識的な活動が無い時なのです。

月の自分像はインプリントにより、あがなえない力がありますが、それは実体ではなく、仮に作った最初の自分像です。本当は月は自分ではないということなのです。しかし私たちは常に月の自分像があたかも本当の自分であるかのように思いがちです。とくに意識的でないときがそうです。

成長し、新たな体験をし、そこから色々なものを吸収し、感動もし、新たな価値を見出していけば、自分という意識があらたに生まれ、その力のほうに私たちは進みます。それは極めて健全な方向であり、どこまでも発展する可能性がある自分の獲得となります。そうしたものがないとき、私たちは月に捉えられるのです。

月は失敗しても、人から嫌われても、お金がなくて心細くても、何の喜びがなくても、最後に行き着ける自分のイメージであり、そこはあたかもやさしいゆりかごであり、本当に戻るふるさとのように感じられます。意識的でないときは。

なので、月が自分だと思えば、月の示す能力も月が示す才能もそれが本当の自分であるかのうように錯覚します。しかし、月は実体のない幻想であり、具体的には私たちにないもの、欠損しているものが何かを暗示します。

なぜ欠損かというと、月は7歳までの自分像で止まっているからです。その後の発展はゼロなのです。幻想を出発点にしているため、現実の対応は7歳でストップするおままごとの能力であり、才能です。

なので、月を自分だと思うと、月並みなことしかできないことになります。しかし、自分の中ではかたくなに、月の姿が本当の自分だと思いますので、そこに現実での乖離が生じてきます。具体的に言うと、月が自分だと思えば、7歳の子供の力でこの世を生きる以外になくなるということです。そして残酷なことに、7歳と言えば、それなりに何でもできる年齢でもあるという点です。

月を自分だという幻想からなかなか覚めることができないのは、その為です。ある程度のことは確かにできるわけです。しかし一定以上は絶対に成長しません。
しかし自分はそのことでほめられたし、またほめられたいのです。なので、月の自分でどんなに苦労しても、そんなはずはない、、できるはずだ、、褒められるはずだ、、、との切迫した思いが募りやすくなります。

こうした人生を乗っ取られるのです。常にそんなはずはない、、もっとできるはずだ、、、得意なはずだ、、、という月の自分像に縛られ、不毛の努力を強いられる人生が、月に捉えられた人生です。

しかし、こうした間違いの基本にあるものは、月が自分だと思ったからです。はっきり言いますが、月は自分ではないのです。多くの人は幼少の自分像を多かれ少なかれ持っています。月をはずし、他の惑星が持つ意識的な活動や努力によって自分という本物の個性が育っていきます。

月が自分であると思えば、そうした営みには限界が出てきます。すべては月が自分だと思ったところから大きな誤解が生じたのです。

では、月は何だったのか、、、月は全体に、全員に、集合した意識に通じる道を与えてくれる星だったのです。月は自分ではないけど、月を通して私たちは全員の無意識に働きかけ、全員の心に訴える力があるということです。

月が大衆そのものであり、人気と関係するのもそのためです。月が自分だと思って活動していけば、必ず敗北に終わりますが、なぜか人気だけは結構ある、、、というのが不思議でした。月を使わないと人気は出ません。そこに秘密を解くカギもあります。

人気、、、大衆の無意識に働きかける力です。人類の歴史も優秀な人が一人いて、その人がリーダーになってみんなを引っ張ったのではなく、たとえそう見えても、そこには大衆に共通する思いがあってこそのことだったはず。リーダーは単にそれを応用したり利用したりしただけです。
この大衆性には基本的には知性はなく、意識も非常に低いのが一般的です。現代はそれがひどく、コマーシャリズムや政治にもこうした大衆操作の方法が使われていることは間違いありません。

この大衆操作に負けて時代はどんどん一部の人だけが得する時代になり、大衆は苦しくなっているわけですが、この大衆性が最終的な事象を決めていくことは事実なのです。

いくら国が戦争をしたがっても、大衆が戦争に反対したら戦争はできません。他国が悪い、、他国がこんなことをしている、、、というような情報を操作して作り上げ、大衆に働きかけてそれに成功すれば、戦争が起こせます。

すべての時代を解くカギは大衆が握っているのです。しかし大衆は操作されやすく、いつも一定の方向にあやつられ、結果的に大衆が損をしてきたのが人類の歴史です。

それを解くカギが月にあります。私たちは月を自分だと誤解したところから、自分自身を見誤り、社会や時代に対する見誤りを行ってきました。すべては月が自分だと思う、その代償行為としての結果でした。戦争もその通りです。

しかし大事なことは、私たちの月は自分ではなく、月は大衆にアクセスできる唯一の道であったということです。それを一部の企業や政府に使われて私たちはひどい状況に追いやられています。すべては月が自分だと思っていることから来た道であり、結果です。

しかし、月が悪かったわけではないのです。私たちが月の使い方を間違えてだけです。

月は7歳までの子供時代に培った思いを純粋に持っています。なので、7歳の子供では社会に通用する能力も才覚もありません。しかし、7歳までの子供にしか持てないもっとも重要なものがあります。子供の純粋な思いです。

月はその後の社会的な価値や発達や意識の拡大という重要な要素まで捨てさせて、守ったものがあったのです。それが私たちの月が持つ、たったひとつの決して汚されることのない純粋性です。

その純粋性で商売することも、上手に振る舞うこともできません。しかし、純粋さだけは、それができないだけに残されているのです。どんな大人になっても、ずるい大人に成長しても、自分の月の持つ、純粋な思いを捨てることなどできないようになっているのです。

そしてそれこそが、唯一、大衆を動かす力となるものなのです。大衆がうごかなければ、ムーブメントもないし、大きく時代が変わることもありません。何より、月は、全体が、全員が救われなくては意味がないことを私たちに語るのです。

太陽の力で、意識の力で、私たちはどこまでも発展することはできます。また、それは宇宙の大原則であり、絶対的に重要なものです。自己実現にまさるものはこの世に存在しません。しかし、月はあえて言うのです。

お前が救われて解脱するのもよいだろう、、、だが残された人間たちはどうなるのだ、、、みんなお前と同じ、子供時代に遊び、笑い合い、泣いたりしあった魂だぞ、、、お前がひとりだけ救われる構図がこの世に本当にあるのか、、、残される人間も同じお前なのだよ、、お前はみんななんだぞ、、、

そして月は私たちに絶対に変わらない、7歳の頃の純粋性を失わせない、ひとつの救いの道を残したのです。大衆に訴えられる力です。集合無意識に訴える力を私たちは月を通して持っているのです。

月は自分ではなく、集合体としての命を生きていくことを私たちに強制しているのです。自分も他人も同じなら、私たちの全員が救われる以外に道はないのです。その立役者が月です。

月は確かに集合意識を使う企業体や政府に独占的に使われることがあるため、悪い物になる場合が多いです。しかし、純粋な訴えがそこにあれば、月の力で私たちは大衆の意識を変えることに成功できるのです。

月を自分のために使うのではなく、自分のためには使えない星なのです。使おうとしたので苦労が絶えなかったのです。

月を大衆の幸福、大衆の解脱のためにでは、いかに使うのか、、、そこにこそ月の本当の感動があります。私たちは月を7歳の子供のレベルでしか使えません。しかし純粋な思いだけは使えます。
大衆を動かせるのは、子供の純粋な思いだけです。

誰でも幼子のようになられければ天国に入ることはできない、、、イエスの言葉ですが、本当のその通りなのだと思います。

純粋な思い、、それは不得手なことでもあります。不得手でうまくできない、、その子が純粋な思いを発する、、常にそうした思いで世の中に存在している、、、ことが大切だったのです。

月がおひつじ座にあれば、自分が英雄やリーダーになっても失敗に終わります。しかし、この世には、立派な英雄がいるはずだ、、立派なリーダーが私たちを救ってくれるかもしれない、、という思いを純に思い続け、ことあるごとに、汚れたものに憤り、ずるい生き方をする人をおかしいと思い続ける、、、何もできなくても、そうした思いの集積が伝播して、おひつじ座月の思いは大衆に必ずいつか伝わるのです。それを自分が偉大な英雄であると思おうとすれば、自滅の道が始まるわけで、月を何に使うかが問われます。自分のためか、大衆のためか。

月がおうし座にあれば、おうし座はお金が欲しい、所有したい、星座です。それは同時に自分だけではない、この世の中になんでおいしい温かいご飯が食べられない人がいるの、、、という7歳の子供の思いに立つことで、その思いが伝播し出すのです。それを自分が欲しい、、自分のものが欲しい、、と思うので、達成できずに苦しんでいたのです。

月がふたご座にあれば、ふたご座はコミュニケーションですので、欠損から自分ではあまりうまく話したり、書くことはできません。しかし、この世には学べない子どもいる、、勉強したくてもその機会を与えられない子供がいる、、との純な思いをことあるごとに訴える力となるとき、それが稚拙であればあるほど、月ふたご座の思いは相手に伝わるのです。それを。自分がうまくしゃべろう、うまく書こうとするから敗北していただけなのです。

例えば、月がおとめ座にあれば、自分は掃除も下手で汚しっぱなしにしてしまうけど、この世が美しく、誰も汚さずに、きれいな環境にしている、、、との思いは純なほど持っているのです。お片付けの下手な子供が、母の思いを知って、多少なりとも部屋をお片付けしよう、、、と思い、かえって汚してしまったとしても、下手であればあるほど、子供の思いは外界に伝わるのです。そして月おとめ座がこの世をきれいにすることはできなくても、そうした思いを大衆が察知し、大きな力をもたらしてこの世は美しくなっていくのでしょう。

それぞれの星座についてはまた、近々にご案内し、皆さんがお持ちの純でピュアな思いこそが、大衆と時代を動かすことをお伝えしたいと思います。
 
月は実際の行動は大したことはできませんので、自分の使命という風に捉えれると失敗しやすくなると思います。あくまで、純粋なピュアな思いを持っていることが大事なのです。それを社会や大衆にそうあって欲しいと願い、常々そうした態度を貫くことで、大きな働きとなるのです。

月の力を自分に使おうとしていたため、せっかく持っている12分の1の力をそれぞれが分別した状態で行使していました。そして挫折を迎えたわけですが、全体のためにピュアで思い続ける、、、祈り続けることで、12分の1の力をどんどん大きくしていくことができます。そうすればあっという間に世界も変わります。

月はその才能を生かそうとしても、うまく行きませんが、純粋な思いを持ち続けることで、それが大衆に浸透します。それをたとえ、政府や企業が邪魔するでしょうが、そうなってもなを純粋に持ち続けると、最後の最後にはついに神が動くのです。

神の足場は純粋な人の魂にしかありません。最後まで失わない月の思いを持ち続けることは、神の足場を作ることとなるのです。

お片付けの下手の子供が、汚れた地球のゴミを一人拾いながら歩いている、、、得意じゃないので、集めたゴミは袋からこぼれおちていく、、、それでも子供はこの世をきれいにしたいと思って拾い続ける、、、合理的意味のないこうした態度に、最後は神が動くのです。

動画もご覧いただけたら嬉しいです。途中お見苦しいところもありますが、うまく伝えられなかったところは上記ブログで補足しましたので、合わせてご覧頂けたら幸いです。

 





Copyright(C)2010 Mademoiselle-AI, All Rights Reserved.