愛の日記


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311の際のローマ法王の言葉 2018年07月30日(月)

311が起きた際に世界各国の元首クラスの人から見舞いの言葉が届きました。その中で不思議で気になったのがローマ法王の言葉でした。

話しの前後は忘れましたが、次の一文ははっきり覚えています。「悲しいことですが、これで日本は貧しくなる」と。

原発事故が起きた国は三つあります。アメリカスリーマイルズ島。ソ連、チェルノブイリ。そして日本の福島です。

もっとも進んでいた先進国の三国で、原発事故が起きました。他の国でも小さな原発事故は起きていますが、大きなものは以上の三つ。それも大国ばかり。

確かにソ連はチェルノブイリで潰れ、アメリカもスリーマイルズ島の事故あたりから急に貧しくなった印象があります。そして日本ですが、あれから7年、見事に貧しい国になりました。子供の15パーセントが貧困で食べるものに苦労しているなど、あの日本が、、、と思わざるを得ません。

しかしなぜローマ法王はそのように予想できたのでしょう。原発事故の処理で莫大なお金が消えていくことがわかったのだと思います。

莫大なお金が消えることで、日本はいくら働いてもいくら稼いでもすべてが消えていく運命。そうした国の運営に切り替わったわけです。いくら金をかけても何も生まない構造。未来のない日本人。

かといって事故処理を止めるわけにもいかない、、、世界的な賠償が今後重なったら、日本はどうなってしまうのでしょう。

よくもまあ、ここまでやってくれたと思いますが、これでへこたれる日本と日本人ではありませんが、今は闇が一番深いところに来ているというだけです。

考え方さえ変えれば、、、やり方さえ変えれば、、、邪魔さえしてくれなければ、、、今の絶望も、あっという間に希望に変えることが本当はできます。どうにもならないことを、どうにもならないやり方でやって、未来がないと思っているだけ。

日本人の意識改革が必要になっています。ひとつひとつじっくりと意識的に対応すれば、絶望はすぐに晴れます。

除染はどうすれば本当は効果的か。お金がなくてもできるやり方は何か。医学は本当に人を幸福にしてきたのか。水道は使い捨てしかないのか。電気は本当に電線を通して遠くから持ってくるしかないのか。病気とは何か。自然界の動物に病気が少ないのはなぜか。クーラー以外で冷を取ることはできないのか。物には本当に力があるのか。カロリーは本当にエネルギーなのか。130は高血圧か。長生きできる家はあるのか。(早死にする家ならありそう)教育は人を利口にしてきたのか。本当はバカにしてきたのではないのか。マスコミは本当のことを言っているのか。全部嘘じゃないのか。本当のことを言う人を、おかしな人だと思わせているのは誰か。

まあ、色々な視点から、一つ一つの疑問をじっくり意識的に解いていけば、この世の薄暗いカーテンを取り払うことができると思います。

有史以来、人間は生きてきました。生きることが難しいわけがありません。発達した科学も医学も教育もあるのに、生きることはだんだんと難しくなってきています。嘘を突かれているからです。有史以来、もっとも生きることが難しくなりつつある矛盾。そろそろ、嘘にも力がなくなるころです。

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台風のため8月4日に延期された432Hzオルガニートの夕べですが、追加で参加募集となっています。4日の夕べ、早稲田です。会費は4320円。世界でひとつの432Hzオルゴールの演奏、また、音からエネルギーを得たり、思いを遠くの人に飛ばす実験も行います。詳細と参加ご希望の方は下記まで。

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タガが外れだした世界と日本 2018年07月24日(火)

一部の情報のようですが、中国では習近平崇拝の動きに突然ストップが出ているとか。毛沢東の時でさえ、崇拝への限界が来ると、毛沢東の奥さんを含む5人組が捕まる流れになりました。

習近平氏の力量は毛沢東と比べるとやはり弱いので、かげりが出たとしたら変化の動きは早い可能性があります。

日本でも安倍氏の一強路線に陰りが出てきています。それでもまだ45パーセントの支持率があるとのことなので、一見安泰のように見えますが、いつどうなるのかわからないのが政治の世界。

小泉親子と一体となる小沢氏の采配が動き出している気配のようにも見えます。

政変の臭いがあるのも事実でしょう。天では私が心配したやぎ座での満月とかに座での新月でしたが、確かにその中間点において自然災害が襲いました。甚大な被害が出ており、復興の目途もたたない状況とも言えます。

その対応のまずさにより、安倍政権への批判が出ていますので、もしかしたら今回の災害は自然災害というより人災としての面がクローズアップされ、政権を覆すことにもなりかねません。

黒田日銀総裁もゼロ金利の限界を言い出すあたり、みな、それぞれがそれぞれの立場から逃げ出し体制に入ったのが見て取れます。こうなると中国も日本も変化がスピードアップすることになるでしょう。

火星が大接近しているためか、世界的な酷暑です。10数年前の火星大接近の際は、ヨーロッパで異常な暑さとなりました。今回も同様です。7月31日が最接近なので、その前後がどうしてもホット&ドライという火星の影響を受けることになります。


自然も人間の手によって不自然なものとさせられていますので、どうしても自然からのしっぺ返しがこれからも訪れます。今年はとくにそうした状況がありますので、注意は必要です。

安全な場所と暮らしを求めて、人類が大移動すると言ってもオーバーではない現象がスタートするかもしれません。

混乱の時代は、何が本当に価値あるものかを問われます。水道も電気もガスも外部からもらい受けている形ですが、こんな危険なことはありません。すべて個々でエネルギーを生産し、消費できる体制があれば、生きていく上での不安はないのです。この観点からの生き方改革を目指す時代になっていくのではないでしょうか。

それがうまく行けば、人は何かに支配されずに済みます。支配しようとするものに力がなく、しかも不快ならば、個々で生きることを考えるしかないでしょう。そうしたムーブメントが起きてくれば、きっと楽しいと思います。

さて、7月28日の今度の土曜日の夜、私の432hzオルガニートの音楽会と音についての話しやエネルギーについての講演会があります。場所は早稲田駅すぐ近くの、マイバースデイという昔あった雑誌の編集をされていた説話社の施設で行います。

まだお席があるようですので、お時間がある方はぜひいらしてください。楽しい晩になると思います。参加費用は4320円です。下記フォーマットからお申込みをお願いします。

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菌婚式と幼菌園  好菌生活と未来世界 2018年07月21日(土)

子供時代に友達の家に遊びに行く、、、玄関を開けて友達の家に入る、、、真っ先に気づくのは、その家の匂いでした。

家によって全部違う匂い。同じ家はいつ行っても同じ匂いなので、いつしか、どの家の匂いがどうか覚えてしまったものです。不思議なのは、最初は気になった匂いも、20分もたつと分からなくなっていきます。

慣れたからわかなくなるのか、自分の体や服にも、その匂いがついたからなのかもしれません。

現代の若い女性は大変清潔好きです。清潔さは常に魅力の第一歩ですが、度が越えた清潔好きは、何か気になります。そこには、ケミカル主体の生活を目指す人特有の共通の雰囲気が出ています。

ドラッグストアと女性の生活は切っても切れないものがあると思いますが、ことさらドラッグストアが好きな人は、度が越えた清潔好きなのでしょう。しかし不思議なもので、そうなるとあまり清潔に見えなくなる。本当の清潔さには、ケミカルとは別の健康美があってのことなのかもしれません。

夏にマスクしている女性がいくら清潔好きだと言っても、逆に清潔に見えない。夏にマスクしている人とは一緒に食事をしたくないと感じてしまう。もちろん、風邪をひいているとか、病気があるという理由がある場合は別ですが。

現代の無菌をすすめる風潮には、その土台に不自然さがあるように思えてなりません。

ひるがえって子供時代の話しに戻りますが、それぞれの家の匂いは、その家に住む菌と関係していた気がします。その家特有の菌が発酵し、その家特有の匂いを発している。

人間はお母さんのおなかの中にいるときには、無菌です。生まれてくる際の産道で、生まれた後は空気や抱っこされることで、すぐに様々な菌類の洗礼を受けることになります。以降、時間をかけて、様々な菌類を赤ちゃんや子供は身に受けていくわけで、成長とは、数多くの菌類を体に入れること、、、と言っても良い一面が出てくるわけです。

無菌がベストのような社会の風潮は、人間を発酵から遠ざけるためのケミカル信仰を助長するような異様さがあります。無菌状態で人間を育てるのと、有菌生活での成長と、どちらが健康に良いか、、、という調査もあるようです。結果は無菌の方が良いというのです。ただし、一定の条件の元でのもので、実際に無菌環境で生きる人間が幸福であるかどうかは別の話しになると思います。

現実の世界には様々な菌類があり、それによってあらゆる生命は成長し、変化し、適応してきていますので、無菌生活は絵空事の実験室での話しにすぎないと思うのです。

実際に無菌で生きられないのなら、菌とどのようにして付き合っていくのがいいか、、、と考える方が、無菌を目指すよりも自然です。

幼稚園に入園する目的も、社会生活に慣れるためというより、色々な菌類をもらったりあげたりするため、とも言えると思います。
それぞれの家にしかない菌が幼稚園で交わるのです。菌同士のふれあい、、、それが幼稚園、、、すなわち幼菌園です。

人は大人になると愛する異性に出会い、結婚する人も多くなります。そして菌から結婚を捉えることも可能です。その場合は、結婚式は菌婚式になるわけです。

二人の菌が密に出会う生活。まさに菌婚生活です。多少Hな話しになることをお許しください。好きな異性の体のどこに目指す菌が生息しているのか、、、の観点からセックスを捉えることもできると思います。説明は省きますので、取り急ぎ想像してみてください。

触る、、舐める、、体を密着させる、、の意味もなるほど、、、と思わざるを得ません。小説「雪国」には女性の足の指をなめる中年男性が主人公になっています。足の指に生息する特殊な菌がきっといてのことなんだと思います。

さらに菌の特殊性を考えると、インフルエンザの菌は宇宙からやってくるという説があり、私は有効な考え方だと思っています。地球の自転速度に比例してインフルエンザが発症していくケースが多いのです。宇宙から来た菌ならば、納得です。
さらに、隕石の中に潜んでいた菌類が地球衝突の際に飛び散り、一定の条件を得て活動し出す、、、胞子状の菌が宇宙から隕石に乗ってやってくるケースもあると思います。

こうなると、地球や生物の発展進化に宇宙の菌類が関係している可能性も出てきます。

また、地球の様々な奥地にしか生息していない菌があるはずですし、海底深くにしか住まない菌もいるようです。海底火山の噴火口の熱い水温にしかいない菌もあるとか。そんな菌なら隕石に乗っかって、加熱されてもビクともしないで地球にまで到達できたはず。そして今は噴火口の灼熱の環境に身を隠しているのかもしれません。

こうした菌類が私たちの生命と関係しないはずがありません。

昔の住居は何百年もの間、何世代もの人が暮らしていました。その軒や柱や天井には、その家にしかすまない菌がいたはず。何百年も進化しながら家に住み着く菌。新たな嫁が入ることで、さらに発酵し、独特の家の菌に育っていく。

そうした何百年もかけて育った家の菌も、都市化の嵐の前で、廃村となり、廃家となり、壊され、この世から菌ごと無くなっていく。

本当に貴重な菌が今後どうなっていくのかと考えると、心もとないものがあります。何百年もかけて家に生息し、発酵進化した菌を無くしてしまう都市化と廃村化は、人類の可能性の大ピンチなのです。

もしかしたら、あの村にあった菌が、あの病気を治してくれる菌だったかもしれないし、癌を治す菌だったかもしれない。都市化、現代化というワンパターンに陥りがちな菌類の粗末化が、人類の進化の足を引っ張っていた可能性があるわけです。

廃屋の菌類を集める、色々な人の菌類を薬に利用する、地球各地の点在する貴重な菌類を集める、、、壮大な菌の図書館が今後必要になってくることでしょう。そこには、すべての答えがあるはずで、答えとその運用を待つ間、人類は菌類を守っていく必要があると思うのです。菌のタイムキーパーにならなくてはいけません。

最後に菌に関した私の見解ですが、菌は微細な存在のため、デリケートな圧によって動くと思います。意識圧と菌の活動という分野がいずれ出来てくると思います。そこまで行けば、夢のような時代が到来していることでしょう。

亡くなった方の遺品。そこには条件が整えば、菌類が生き生きと動きだす息吹がきっとあります。死んだ人の遺体をどんな苦労をしても私たちは探そうとします。遺体や遺品には、その方の生前の息吹が残されているからでしょう。そしてそれは単なる思いだけの問題ではなく、いつになっても、ある一定の条件が整えば、かつてのその方の菌類がうごめきだし、そこに亡くなった方本人が復活して現れるようなエネルギー現象が起こると私は思うのです。

愛する人が亡くなり、生前の遺品を残された、、、その人の大好きだった音楽を奏でる、、、、大好きだった食べ物を作る、、、そこに思いを寄せ、遺品に触れれば、そこに生前のその人は必ずいるのです。そうしたコミュニケーションの方法も菌に寄れば可能となります。

菌と私たちの付き合いは、これから始まっていくのだと思います。意識圧と菌との関係性が分かって行けば、医学も科学も生命倫理もすべてが根底から変わっていくと思います。


夏休みのお知らせ  8月12日から20日までお休みします
尾山台にありますSHOPマドモアゼル・愛は8月12日から20日まで夏休み及び研修期間となり、お休みさせていただきます。8月21日からは平常通りの営業となります。

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二つの音楽 2018年07月17日(火)

先日、尾山台のSHOPのちょうど前で、近くの中学生のブラスバンドの演奏デモンストレーションがありました。

中学生なので演奏は未熟でしたが、純粋な音に不思議な感動がありました。店長などは泣きながら聞いていました。

音楽にははっきりした二つのありようがあります。一つは生演奏です。そしてもう一つは、電子信号に変えた形で音を再生する演奏です。

生演奏はわかりやすいと思いますが、CDや音楽コンテンツのほとんどは電子信号が音に切り替わった形です。

生演奏でもマイクやアンプ、拡声器を通せばそれは純粋な生演奏とは違ってきます。どちらが良いというのは野暮な話しで意味はありませんが、あえて誤解を覚悟でいうなら、私は生演奏と何等かの電子信号が付帯してくる音楽では、厳密な違いがあると思っています。

しかし、この区分けはほとんど最近ではなくなり、生演奏でもマイクを通しますし、生演奏でも結果的にはCD音楽との区別がほとんどなくなるケースが多いと思います。スタジオでは生演奏とはいうものの口パクでも通用するケースが多いと思います。

となると、二つの音楽とは、完全な生演奏とそうでない、何等かの電気信号化した音楽の二つになります。

この違いは私にとってはとんでもなく大きな隔たりです。しかし、通常ではあまり問題にされません。大きな会場でたくさんの人数に音楽を聞かせるケースが多いのですから、それは当然ではあります。

しかし、この二つの音楽の違いは、実は皆が思っている以上に決定的に重要なことではないでしょうか。私はまったく音楽が異なったものになると思うのです。

アンプ操作でマイクで音量を増した音は、作られた音であり、本来の音と違ったものなのです。あくまで私の勝手な思いですので、それが正しいなどとは言いませんが、私自身はかたくなにそう思っている、、、その視点から話しをしているわけで、正しいと言っているわけではありません。あくまで私個人の考えと思いを語らせていただきますので、かなり勝手なことを言うことをお許しください。

必ず、ご不快に思われる方が多い話しとなりますので、あらかじめお許しを得てからすすめたいと思います。いやな方はぜひ今の時点で、お聞きにならないでください。きっと不快になると思いますので。

私は音楽は生演奏しかないと思っています。他の音楽は音楽でないと思っています。これは考えというのではなく、アンプやマイクを通して出た音、また、CDや映像から出た音と、本当の音には、明らかな違いがあると思います。

ただ、電子音は非常に便利ですし、便宜上、もちろん必要なものです。なので、社会にはこれは絶対に必要不可欠であり、それを非難する気など毛頭ありません。ただ、それでは魂にはいる音楽にはならないと思っているのです。

それはエネルギーを人に与える音ではなく、エネルギーを奪う音だと確信しているからです。ただし、あえて好きな曲を聞く、、、という前向きな思いで電子音を聞いたなら問題はありませんし、そこに自主性があれば問題にはなりません。

逆にボーっと電子音を聞いていると、それがテレビでもラジオでもそこに聞く、見るという自主性がないと、本当は極めて危険です。エネルギーを奪われる形になるためです。それについてはまたの機会に話すとして、今回は音楽とは何か、、、の観点から、あくまで私個人の勝手な考えと思いを語っております。

実は私に限らず、誰でも本当は生の音と電子音が異なることくらい、実は感じていると思います。しかし、誰もそれを言わないし、マイクなどは便利なので、知らぬ間に受け入れているのでしょう。ふたつの音の違いなどほとんどの人があまり気にしてないように見えます。しかしそう思わされているだけなのです。

生の音も電子音も大差ないという、おそらくたくらみが世界的にあったのだと思います。生と電子音の違いは、即興と目的化した音の違いでもあります。

現在のアーティストはすべて電子音の世界で作曲し歌い、表現していますので、その方向は即興ではなく、完成形を目指す音楽になりがちです。アルバムづくり、、、デモ映像づくり、、、すべて基本にあるのは目的化したイメージづくりです。要するに宣伝です。電子音の音楽会でも即興はありますが、すでに何度も実験した音効果を使う即興となりがちです。

これに対して、比較的狭い空間で生演奏されるジャズでは、即興が命です。その即興はあえて練習して来た内容を披露するのではなく、「お前、そう弾くか、、、じゃ俺はこうだ、、、」とベースとピアノは張り合う、、、まさに即興の世界です。

アンプを通した生演奏も生演奏に違いはありませんが、表現をミスったら音量でごまかすなど、人為的な面がどうしても強くなるため、目的は聞く人がどうなるかという効果を狙う形になってしまう音楽なのです。

通常の音楽業界の人達は基本は純粋な人が多いとは思いますが、なぜか私は吸血鬼的なにおいを感じます。魅力的な作曲ができるアーティストを取り巻き、アーティストの曲に厚みを作り、演奏効果を加味してアーティストから結果的に音楽を奪っていく吸血鬼的存在。

音で、音楽で人の心を動かし、魂を取り込むことも可能ですので、この音楽という業界はもっとも時代性の方向を作れる最先端に位置し、世界をどう動かすかの本当のトップが君臨するエリアとも言えるでしょう。

この世が悪魔の時代であるなら、そこには最高の悪魔がいる可能性すらあるわけです。アーティストがアルバムづくりをするのは、最高の効果を考え、最高のイメージ、売れるイメージ、時代をリードするイメージに貢献するものとなります。天才的なアーティスは曲の主題とイメージの原型を提供し、それをスタッフが目的化していきます。

生演奏の即興には、こうした方向付けは無縁で、アーティスト、プレイヤーたちの個性と人間性と状態のぶつかり合うその場だけのたまものという本当の音楽になります。

これに対して、アルバムづくりという影響を目的化した音楽は、電子音というまやかしでしかでき得ないものなのです。

ハッと目が覚めるのは、生演奏以外にありません。アンプ、マイク、電子音により、私たちは仮想現実をあたかも現実のように思わせられていくのです。これがもっとも重要な時代原理の大元にあるはずですので、この世の支配者の直系の力が音楽業界にあることは確かでしょう。
アンプ、マイク、電子音こそ、うお座時代の集大成の姿です。嘘を信じ込ませ、幻想を現実と思わせる力でこの世は運営されています。

私たちが自身の声、生の音、生の音の繋がりとしての音楽と、通常私たちが聞いている音楽との違いをもっと意識できたとき、私たちは自身の出す生の声や音にある命を実感します。

母音トーニングを重視するのは、そのためなのですが、人口音の嘘を見抜くことでしか次の時代は訪れないかもしれません。そこが要なのです。

私たちがやられてしまったのは、人工音も電子音を含まない生演奏も、大差ないと思わせられていること。さらに人工音を自由に作るアーティストがもっとももてはやされる仕組みなど、真実から魂から遠ざけるためには、この分野がもっとも重要な働きをしていることに気づくことで、本当の音楽を取り戻すことが大切だと思っています。

実際に、謙虚に本気で、生の音と、人口音を比べてみてください。違いは決定的です。なのにそのことを誰も言わない、、、誰もそうだと思おうとしない、、、このマインドコントロールこそが最大のものであり、今の世界を維持する要になっているように思えます。

以上ですが、あくまで私個人の勝手な言い分であることを、改ためてお断りしておきます。もちろん、私自身はそうだと確信していますが、人様にそうだ、、、とは強弁したくはなく、あくまで私の言い分として書きました。
 

道とエネルギー 2018年07月16日(月)

 人生や生き方にも出口があると思います。勝つとか負けるという出口。損得だけで終始人生を生きる人もいるでしょうし、享楽の追求で人生を生きる人もいます。その他、趣味の追求や信仰をよりどころに生きる人もいるでしょう。

人さまざまで、何が良いとか悪いとかは言えませんが、人の生き方をエネルギーから捉えたとき、古くから言われる「道」の存在が見えてきます。

エネルギーはすべてを生かす力であり、すべてを生み出す根源です。真実を追求する際、エネルギーを無視しては語れませんし、唯一の真実がエネルギーの法則です。それは物理的真実であると同時に心理的真実であり、意識であり霊界も幽界も現界も含むあらゆるものに共通します。

人間も霊人もお化けも神様も、すべてがエネルギーによって存在しています。

形や世界は異なるものの、共通の原理の前であらゆるものは存在しています。その存在のあり様には、主に二つの方向があります。ひとつは荒ぶる表現として存在するもの、、、もうひとつは発酵した無をよりどころにして存在するもの。

それは人間界であれ幽界であれ神霊界であれ、同じなのです。荒ぶる、むさぼるものは、どの世界の存在であれ、必ず消えていきます。荒ぶること自体に、むさぼること自体に力はなく、崩壊に進みます。

一方の発酵と無をよりどころにする存在は、反対物を受け入れることで無を作り、そこからエネルギーをもたらします。無からしかエネルギーは来ないためです。発酵をむねとする意識は相手が悪であろうがむさぼりであろうが、反対物や意識が存在するだけでうれしいのです。とくに著しい反対物がない場合は、無と直接かかわりあって自身の存在との一体化による発酵を目指します。これが「道」です。

無と関わり合うということは、発した声は消えていく、、、消していく無を意識しつつ声を出せば、それはエネルギーワークとなり、道となります。

柔道や剣道や合気道もおそらく相手の力と一体となって和すことで、次元を超えた境地に至ることを目的としているのだと思います。やはり道です。

道端のむくげは馬に喰われけり、、、という確か芭蕉の歌があります。道端の花を馬が食った、、、ただそれだけのことだと思っていましたが、無意識の中ではずっと気になっていました。

そしてある時、突然、馬に喰われたむくげの花が、そこに今はない道端の空間に見えた芭蕉。の思いが伝わってきました。ここにも道があると思います。

トンチのようになってしまいましたが、では道とは何かです。無の世界との連携プレイが道なのです。

出したものの、存在しているもの、発生したもの、あらゆるものすべては消えていきます。また、消えていく無の世界から訪れるエネルギーによる間は存在し続けていきます。

私たちの人生も無からエネルギーを受けている間は生きられます。無のエネルギーによって生かされている私たち。

あらゆる存在、存在足らしめている力、そのすべてがエネルギーです。私たちのあらゆる行為にも大元で関わるのは、このエネルギー以外にはありません。

有限に頼み、有限のみを見、有限のみしかないと思っている人は、道を作れません。道を歩むこともできません。

有限に作用する際に、常に無を意識することができれば、道としての人生がスタートできます。

昔の日本人は大変体が丈夫だったといいます。現代人の想像をはるかに超えるレベルでのそれは丈夫さだったようです。幕末に日本に来たドイツ人は、たった一人でほとんど休まずに箱根まで楽々と行ってしまう人力車の車夫の体力に驚いたといいます。

太平洋戦争で敗戦した日本でしたが、戦勝国のアメリカは今後日本が二度と欧米に立ち向かわないようにと、色々研究したといいます。その中でも、驚異に感じていたのが、日本人の体力と飛びぬけた丈夫さだったといいます。

今の私たちは残念ながら、世界の人の脅威になるほどの体力などありませんし、わずかに優れているのは、他の国の人達よりも多少長生きする程度のことぐらいです。と言っても、欧米に比べて寝た切り老人の数は比較にならないほど多い日本の現状。

それに比べて、幕末、明治、昭和の敗戦までの日本人の体力とその丈夫さは、異様なレベルにあったことは間違いなかったのです。欧米の食生活が日本人には無理があったと言われますが、原因はそれだけではありません。

道が無くなりつつあるためです。道は無と共に歩む姿勢ですので、エネルギーの宝庫となる生き方なのです。道を追求すればいやでも丈夫で長生きするケースが多くなるのが自然です。無からしかエネルギーは来ませんので、道の追求=健康で丈夫で長生きとなるわけです。

寿命は戦後の方が飛躍的に伸びているので何とも言えませんが、赤ちゃんの死亡率や衛生問題などを考えたら、戦前と戦後の日本人の寿命の変化も喜んでばかりもいられないと思います。まして健康で丈夫、、となれば、これはあきらかに戦前に軍配が上がります。

昔の日本にはかろうじて道が残されていました。日頃の立ち振る舞いにおいて、静けさ、こじんまりした境界感、四季を愛でる態度と習慣、不要に声を出さない、食べ方の繊細さ、けじめ、執着しない態度、、、、まだまだ色々あると思います。

日々の生活の仕方にうるさい、とも言えますが、無と一体となった姿勢を生活の態度の中に求めたことが、日本人の長い歴史の中にあります。無駄のない美しい立ち振る舞いで、日々を暮らすことができれば、そこには、無数のエネルギーワークが存在します。

お茶を入れる、出す、そのしぐさの一つ一つが無と一体となるセンスは、エネルギーワークなのです。何も茶道のことを言っているのではなく、日々の家庭でのお茶入れの際、思いを入れてお茶を入れる、、、心を込めてお茶を出す、静かに茶碗を置く、、、それだけで、お茶を受けた人もいれた人も満たされるのです。

無と一体となったもてなしだからであり、お茶を何グラム入れるとおいしいか、、、お湯の熱さは何度か、、、という現実的でケミカルな世界とは異なる幸福があるのです。

黒板に先生がチョークで昔は書きましたが、先生が一心に無心で黒板に書くチョークの音は、教室に響き、幸福感やエネルギーを子供たちに与えたのです。先生のご機嫌が悪く、無と一体となれない日の先生のチョークの音は、子供の心に痛い感じで突き刺さったはずです。私たちは、常に、本当はそうしたエネルギーによって生かされもし、元気を奪われもしていたのです。

日本人の脳の構造は左脳で母音を聞き取りますので、虫の音や風の音、自然界の音を声のメッセージとして聞くようになります。その結果、繊細で自然に沿ったきめ細かな文化が生まれたのですが、それは同時に無に通じる高度なエネルギーワークとしての道を生んだと言えるでしょう。

ならば私たちの生きる意味も、日々の立ち振る舞いや存在のありように、無と一体となったものがあるかどうか、、、「道」の存在は省いてはおけないものになると思います。

人にはそれぞれの道があると思うのです。エネルギーがすべてなら、エネルギーとの関わりを解く道の存在なくして、私たちの人生は考えることはできません。

あなたが出した声はそれを止めようとする無と一体化する道があります。
あなたが食べる食事には、その食べ方において無と一体化する道があります。

あなたがご主人に出すお茶のいっぱいには、ご主人を不快にも幸福にもさせる力があります。あなたが子どもに声をかけるその声は、自我なのか、無と一体となる響きなのか、、、それを子供のセンサーは見抜きます。

いま、日本人が成さねばならないものに、道の復活があるように思うのです。それは私たち日本人以外ではできにくいものであり、その責任が日本人にはあると思います。人種問題で捉えないでください。特殊性とその責任の観点から言っているのです。欧米は産業革命で世界の役にたってくれたので、これだけの科学的発展を世界は得ることができました。

それは本当に素晴らしいことです。そして、今はそれだけではもう世界は幸福になれないことがわかってきました。次は道を知る人の存在、その働きがやがて必要になってくることは確かだと思うのです。優劣の問題ではないのです。役割の問題として、欧米には欧米の、アジアにはアジアの、日本には日本の、役割があると思うのです。共通するものについては、すでにほぼ共通項は満たされていますので、あとはそれぞれの特殊性をもって、世界に貢献しなければならない地点に来ていると思います。

日本には、無のエネルギーである「道」の存在が昔からあり、フリーエネルギー時代が到来したなら、「道」が復活することは間違いありません。「道」こそがフリーエネルギーそのものだからです。
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エネルギーの法則 2018年07月10日(火)

すべてのものはエネルギーを得て存在し、存在の継続が許されています。
エネルギーが不足すれば崩壊過程に入り、やがては形を失い無に戻っていきます。

これが本当の原則ですが、今の科学は形あるものについてからしかアプローチしませんので、エネルギーと言ってもまやかしのように受け取られてしまいます。とくにこの世のシステムを信奉する度合いが強い人ほど、こうした話しには嫌悪感を抱かれるかもしれません。

無ということがわからないためです。将棋と同じで、どの視点から物を見ているかは人によって異なるのです。日頃お金のことばかり思っている人の目に映る世界は、それに関連したものばかりですので、やがてこの世はすべてお金であるとの確信に至ってしまいます。

赤い物にしか関心がなく、それしか見ない人にとっては、この世は赤ばかりに映ります。他にも色があるよ、、、と言っても無理なのです。赤しか見ない人にとってはこの世は赤しかなく、体験は信念を強化していきますので、時間が立てばたつほど、経験を積めば積むほど、この世には赤しかないとの確信を強めることになります。

こうして、人はまるでカルマに引き寄せられるかのように、自分の人生を歩んでいきます。小学生時代、子供時代は、まだカルマと感じられるようなことはないと思いますが、段々と自我が発達し、社会に出て、それぞれの道を歩み出すと同時に、人はそれぞれのカルマに引き寄せられるかのように人生を歩んでいく姿に見えてきます。

しかし、将棋の上手な人が下手な人の将棋を見たら、「ああ、あんな間違いしている」とすぐにわかり、下手な人が何を考え、何を選択しようとしているかが、まるで手をとるように理解できるはずです。

これが逆になると違います。下手な人が将棋のうまい人のやり方、駒の動かし方を見ても、なぜそうするのかはわかりません。わかっていたら自分もそうしていますので、自分よりも将棋のうまい人の考えや行動は理解できないことになります。

現在の多数決という政治の方式は、多数によってすべてを決めていきますので、実は誰もがわかることしか決めれれなくなります。最低レベルの意識に沿った運営しか多数決ではできないのです。人や民衆の最低レベルの意識に沿った国家運営ですから、本当は良くなるわけにはいきません。

しかし、そうなると自分だけが正しいと言い出す不埒な人も続出しますので、仕方なく多数決を採用しているのだと思います。

なので、真実によってしか動かないものがメインになっていく時代にならない限り、私たちの時代は進展しないことになります。

フリーエネルギーが嘘であると語り、そう信じる自由は確かにあると思います。考えは自由です。しかし、実際にフリーエネルギーによって家庭で発電できる、、、家庭で水がつくれる、、、エネルギーが作れる、ということになった場合、閣議決定のような形で、「これは嘘なので取り締まります」では、私たち人間の進歩はなくなります。

最近の閣議決定などもこうした傾向があり、閣議において本来閣議で決められないことが決められていくという不思議な様相を見せてくれます。まるで天動説を閣議決定するようなもので、ガリレオはそれでも地球は動く、、、といいましたが、あり得ない閣議決定が優先されるのです。

これからの時代は事実の前に物事が変化し動いていくことになると思います。家で水をつくっちゃいけない、、、といくら言われても、災害が来たとき、大変な時、水がどうしても必ような時、人は当然のように水が家でできれば作り出すはずです。作物を家で作っちゃいけない、と言われても、その方が自然な状況が訪れれば、人はダメと言われてもそうするはずです。

不自然なダメ出しする政府や権威や組織は力をもつことなく消えていくことになります。

いくらインチキだと言われても、まったくかまわない、、実際に水道から来る水よりもおいしくて安全な水が作れる真実が優先されるわけで、これからの時代はこうした真実に沿った動きが始まるでしょう。

その場合、世の中は赤しかないと、いくら閣議決定しても、事実でないものの影響力が日増しになくなる社会となるわけです。何を考えるのも自由で何を信じるのも自由なのですが、それが真実であるかどうかが、これからは重要になっていきます。

その分かれ目は、目に見えない世界の認知、死の認識の相違、無から来るエネルギー、ゼロポイントや、正しい生命原理などが、個々の魂レベルでの踏み絵となるでしょう。真実に沿って生きようとする人と、かたくなに物と有限にしがみつく人とに分かれる現象がこれから起きてきます。
ただ、そこに争いの必要はなく、選択があるのみです。水道が正しいと思う人は水道から水を得ればよく、電力会社が好きな人は電柱から電力を得れば良いだけの話しです。

そういうものにお金を出したくない人や、何となく電柱はいやだと思う人は、自分で水や電気を家で作ればいいだけの話しであり、どちらも介入しあう必要もないのです。もちろん争う必要もありません。

前置きが長くなりましたが、エネルギーの法則についてです。
エネルギーは無からしか来ません。無を作る、、、すなわちゼロポイントを物を使ってその条件作りをすれば良いのです。最大の無は死後の世界と魂の世界なので、本当のフリーエネルギ-を理解しようとしたら、人間は死んだらおしまいではないとの視点に立つ以外にないのです。ただ、それももちろん人の自由です。どう考えるのも自由なのです。

エネルギーが不足していけば、物は崩壊しますので、エネルギーを常に補充する必要があります。それがうまく行けば不老長寿も夢ではなくなります。それに意味があるかないかは別として。無の世界、死の世界の許容は、不老長寿の魅力を少なくしますので、あまり意味はないかもしれませんが、選択として、不老長寿とあの世行きが、同等の価値になるかもしれませんね。本当に面白い時代だと思います。

次にエネルギーの法則ですが、圧が高い方にエネルギーは集まります。どんな場合でもそこに圧の差があれば、それを元に戻す働きである反作用が始まりますので、それがエネルギーワークになります。反作用の起こるところにはエネルギーが集まるのです。

具体的には、人為的に色々なギャップをつくれば、ギャップは圧の差を生じますので、そこにはフリーエネルギーが訪れ、無尽蔵のエネルギーの宝庫に触れることができます。

ギャップの作り方は、無の作り方と同じです。私の場合は懐中電灯と懐中電灯の光をぶつけ合って光の干渉現象を利用してエネルギーを得たり、水と水をぶつけてもいいし、色々です。

音は発生と同時にそれを元に戻そうとする反作用が訪れて音は段々と小さくなっていきますが、反対にエネルギーは増大しているのです。声を出すだけでも人はエネルギーを得ることができます。まして他の声や音と和すことで豊富なエネルギーを得られます。ギャップが複雑になりますので。複雑とは小さな変化を受容できるセンスが生きてくる世界です。あの世とこの世が連携していることを感じられるセンスは繊細なのです。力量の時代にはフリーエネルギーは発展しません。

ただ、こうしたことも今の科学ではわからないこととされていますので、あえて私の考えと言っておきます。

二つの動画を収録しました。ひとつは432Hzのオルガニート演奏。もう一つは、153Hzの音についてです。周波数は数の秘密と一体です。テスラはこの世の仕組みを知りたければ周波数について学びなさい、、と言いました。学ぶよりも私は体験だと思います。





 

玉手箱の中と外 2018年07月09日(月)

 箱の中に入れてある物と外に出したままの物では、その劣化の度合がかなり違います。箱の中にしまっておいた物は、入れたころとほぼ同じ状態を長い間維持しますが、外に出しておいた物は、時の流れの中で、劣化していきます。

そのため、物を大事にとっておくには、箱の中に物をしまうことで、劣化を防ぐわけです。

ではなぜ、外に置いたものに比べ、箱の中の物は劣化しにくいのでしょう。おそらく温暖差や風化、湿気による劣化を防げるというのが、その理由になるでしょう。しかしそうではないのです。(と私は思っているという意味です)

物の劣化は物からエネルギーが出ていってしまい、物の崩壊化が進むからです。エネルギーが満ちていれば物は劣化しません。物に永久にエネルギーが注がれる状況をつくれれば、物はほぼ永遠に劣化しないはずです。

エネルギーには法則があります。圧が高い方にエネルギーは集まるのです。具体的な例を出しましょう。

海の水をバケツの中に入れて釣った魚をバケツで泳がせておきます。最初の数十分程度は比較的元気でいますが、数時間も立つと段々と元気を失い、翌日には大体の魚は死んでしまいます。

これは、魚が弱ったというより、バケツの海水のエネルギーが無くなったからです。海は大気よりも圧が高いので、基本的に大気のエネルギーは海にいきわたります。バケツで取った海水も最初は海の高い圧で稼いだエネルギー状態でいますが、バケツの体積程度の海水ではすぐに大気の圧に負けていきます。

エネルギーは圧の高い方に流れますので。バケツの海水はあっという間にそのエネルギーを大気に奪われ、海水はエネルギー不足に陥り、バケツの中の魚は苦しくなっていくわけです。

これは箱の中と外との間にも同様に起こる現象です。微細にですが、箱の中と外とでは、圧の高さが異なるのです。基本的に箱の中の圧の方が高くなります。圧の差は大小ではなく、圧の差があることが重要です。
圧の差があれば、そこには必ずエネルギー現象が起こります。差を埋めようとする、平にしようとする、元に戻そうとする、そうした反作用としてのエネルギーを呼び込みます。これが本当のエネルギーですので、圧の差がある場合、圧の高い方にエネルギーは訪れます。

箱の圧と外の圧の差がどんなに微細でも高い方にエネルギーが集まりますので、箱の中は外よりもエネルギーに満ちており、その中の物は劣化しにくくなるのです。

人が家に暮らすのも自然なことで、外で暮らすよりもやはり楽なはずです。それは家という箱が、外の圧よりも高くなるため、家にエネルギーが集まるから、家の中にいれば人はエネルギーを補充できるわけです。

体験上、また感覚上、そのことがわかっていますので、人は常に家を求め、家で暮らしてきたのでしょう。

この現象は普遍の現象ですので、バケツの海水で言えば、バケツにもし蓋があれば、それをきっちりとしめるだけでも、かなり海水のエネルギー劣化を防げます。

船なども囲いがあり、箱のようなものです。浮力の結果船は浮くとなっていますが、船がエネルギーを集めるため、海水圧に負けず、浮いていられるのかもしれません。

船の構造が箱に近づき、密閉度が高くなればその分沈みにくくなると思います。科学的には浮力で決まるのかもしれませんが、浮力現象をもたらす原因は圧の差にあるのです。ですので、浮力という考えから自由になり、圧差によりエネルギーを集める船をつくれば、燃料費も安くなります。

飯島先生がお作りになった模型飛行機は、機体にわざと色々なギャップをつくり、そこを通る音や空気が様々なギャップを生じて圧差を豊富に作る構造です。そうすれば、圧の差を埋めるために飛行機にエネギ―が集まり、プロペラ機なのにも関わらず、ほぼ垂直上昇や垂直下降ができるようになり、滑走路のいらない飛行機も作れるわけです。

圧の差は、音圧、温圧、風圧、水圧、色々な圧の差を利用することが可能です。そして圧差ができさえすれば、エネルギーは圧の高い方に自然に集まりますので、燃料を燃やしたり、電気を必要としたり、まして原子力を利用するまでもなく、圧差エネルギーを集めればよい、ということになります。

次の時代の科学では、これは当然のように主原理となるはずです。その中でもっとも簡単で原初的で普遍性があるものが、箱と外の概念でしょう。

すべての物は、この構造の元にエネルギーを集めて存在しています。果物も家です。中には、種があり、種も家になってエネルギーを集めています。

車の中にいると疲れるかもしれませんが、きっと屋根のないオープンカーで同距離を走った方がもっと疲れると思います。オープンカーの方が一見気持ちがよさそうですが、実際には箱型の通常の車の方が外界よりも圧が高い分、本当は疲れないと思います。

人間の体を見てみれば、すべてが家の構造と同じです。皮膚は外壁、各臓器はそれぞれの家であり、胃という家、腸という家、肝臓という家があり、体の中でもさらに圧を高めようとしています。心臓は常に動くことで、家の中で人が動いているのと同じです。空き家よりも人が住む家の方が家はもちます。心臓も中でどくどくと動くから長持ちなのでしょう。

さらに、小さいところに視線をやれば、すべての細胞は一つ一つが家になっていることに気が付きます。惑星も太陽も星も同じであり、銀河もひとつの大きな家です。こうして、世の中にあるすべての物は、家の構造をして圧を高め、エネルギーを集めていることがわかります。

山で遭難した際に、食べ物を集めようとするよりも、家を作った方が、安全な場合が多いと思います。家とは、雪洞でもよいし、洞穴でもよいし、地面を掘って上をふさいでもいいでしょう。

圧の高い場を作ることが、エネルギーを得るために重要なのです。

浦島太郎が竜宮城からもらった玉手箱は、圧が高く、エネルギーを集積する力がきっとあったのだと思います。しかし開けたとたんにエネルギーは逃げ出し、あっという間にお爺さんになってしまった浦島太郎。大変よくできたエネルギーのお話しでもあります。

落ち込んだ時、人はやたらにトイレに行きたくなる場合があります。トイレという狭い空間が家となりますから、エネルギー的にもオフィス内よりも圧が高い場所です。そこで体内から不要な物を輩出する際に臓器が動くという、エネルギー的に高い行動に出るわけです。トイレから出た時の方が、通常は人は元気になっているはずです。

箱や器、仕切られた空間、結界という概念もすべて、エネルギーから見ていくと理解が深くなります。

動物は自然にエネルギーワークを行っています。毛づくろい、舐める行為、ボディという箱に圧を掛けて、箱圧を高めているわけです。私たちの日常も、圧という考えを意識して生活すると、色々なことがわかってくると思います。

音の圧がもたらす力
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MIチューナー フェザータッチトーンご使用方法(室田式)と圧の原理 2018年07月06日(金)

チューナーの原理を簡単に言いますと、チューナーの出す音自体には力はありません。音を含む物には何の力もないのです。では意味がないのか、、、そうではなく、作用としての意味があります。

音を出すという作用は人間が起こすことですが、音がこの世に出現したら、宇宙(無)はそれを元に戻そうとし出します。これが反作用です。そして、この反作用の力が本当のエネルギーなのです。

音には力はなくても、音を戻そう、、消そうとする反作用が本当の力なのです。これがエネルギーです。反作用によらなければ、私たちはエネルギーを一切得ることはできません。

しかし今の時代は、物に、作用に力があると思っていますので、本当の発見や発明に至ることができず、ある物をただ奪い合うあさましい姿に陥りやすくなるのは、歴史が示す通りです。

今の科学は反作用が本当の力であるとの地点に立っていませんので、この考えは非科学的なものとされてしまうのですが、間違っているのは、今の科学の方です。有限しか認めないことで、地球を悲しみの星にしておくことができるわけで、支配しやすいからでしょう。

無にしか力の根源がないとわかれば、奪い合う必要もありませんし、エネルギーも無尽蔵となり、人々は勝手に、ひとりづつ独立して生きていける道が始まってしまいます。そうなると、人間の無念から来るマイナスのエネルギーを奪うことができなくなるためです。

私たちの今の時代は、悲しいことですが、人を苦しめ、悲しませ、つらくさせることで成り立っています。口先では美辞麗句をどの支配者も言いますが、本当は幸福になっては困るのです。病気の不安、お金の不安、将来の不安、そうした不安を起こすことで、今の経済も世の仕組みも成り立っています。

しかし、それは間違っていますので、大本の考え、大本の価値の逆転がどうしても必要になります。有には力などなく、本当は無にしか力がなかった、、、人間は死んで終わるのではなく、無限の世界からどちらかと言えば死の世界に生まれてくるということ、、、死は終わりではなく、本当の世界に戻るということ、、、すなわち、すべてが逆の構造だったとしたら、私たちの世界の間違いも、やり方の間違いも、考え方も価値観の間違いも逆転することになります。
こう言うと、物理的な世界とは別のあくまで形而上の話しと思われるでしょうが、物理も科学も哲学も心理学もなく、一切に通じる原理があるということなのです。それは物理的真実でもあり、意識的な世界の真実とも一致します。

便宜によって心理が変わることがないルールがあるということです。

反作用が本当の力であることがわかれば、生き方もやり方も当然違ってきます。マッサージ一つにしても、強いマッサージより、微弱なゼロに近い圧の方が大きな反作用がもたらされます。

作用反作用の原理で言うと、100gの圧がかかれば、反作用も100gです。その意味では新たな力は生じません。しかしそこが物理の限界なのです。

実際には100gの圧による反作用より、1グラムの圧による反作用の方が大きな現象を産みます。その方がマッサージ効果は断然大きくなります。1グラムの圧には、物理的な作用としては1グラムの反作用ですが、1グラムの作用を認知する体には、意識圧が伴うのです。

意識をそこに向ける際は、物理圧は少ない方が有利なのです。そして意識の圧にかなう圧はありませんので、数億トンの反作用は物理的には数億トンとおおきなように見えて、実は、意識圧によって、山をも動かせることができるはずなのです。

はず、、というのは私にはできないのでそう言っているわけですが、それはできなくても、数グラムの圧により、体のその部位を意識できたら、もうそれだけで、その部位にはエネルギーが注がれているのです。それは、数グラムの圧がもたらした反作用の結果ではなく、意識圧がもたらした結果として得られるエネルギーなのです。

行きたくないという学校に無理やり行かせるのは、数十キロの圧をかければ子供は引きづられます。しかし、それでは地獄の様相を作ることになるでしょう。

意識圧がその子にかかり、行こうかな、、、意識が反作用としてもどれば、子供の40キロの体を動かすことは簡単にできます。やる気を起こさせる教育の重要性はそこにあるのでしょうね。勉強に限らず、仕事も家事もすべて同じです。

物理圧のみが圧であるとの考えは、このように非常に野蛮なのです。

前置きが長くなりました。先日、九州の住むバイオリニストのMさんから、MIチューナーを服の上からなぞるだけですごいエネルギーが得られる、、、との情報を得ました。実際に試したところ、それはすごいものでしたので、皆さまにMIチューナーの新しいご使用方法として、紹介させていただく次第です。これは本当にすごいです。

二週間も続ければ、全身のエネルギー状態が変わりますので、かなり元気になると思います。医学的ではないし、科学的な話しでもないので、あくまで私やMさんの勝手な考えと思ってくださってかまいませんが、できたら実際に試されてみてください。私やMさんは、それで反作用のエネルギーが充満することを知っているだけの話しです。科学的な話しであると説得しようなどとも思っていませんので、やってみようと思われたら、ぜひお願いします。

お持ちのMIチューナーをどうかご活用ください。

やり方は下記の動画をご覧ください。
原理を解説します。微細な圧によるチューナーの作用で、より大きな反作用をもたらします。とくに服や麻の布の上から行いますと、服や布と肌との間にシールド空間ができます。シールドができれば、そこはエネルギー空間として作用しますので、エネルギーの場が安定します。シールドというのは、箱の中に物をいれておけば、傷まないのと同じ原理です。箱の中の圧と外界の圧の差ができますので、箱内の圧が通常は高くなります。そのため、箱の中のものにはエネルギーがもたらされるから、箱の中のものは、きれいな状態でいることができるのです。圧の高い方にエネルギーは流れるので、箱の圧が高い分、箱内にはエネルギーが注がれますので、箱に入れておいたものは長持ちするわけです。(あくまでフリーエネルギーの考えです。現代科学の考えでは、もっと違った言い方になるでしょうが、私はそれは真実ではないと思っています)

では、どうぞ九州のバイオリニストMさんが発見した新しいMIチューナーの画期的な使用法をご覧ください。どのMIチューナーでもできます。



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古巣MBでのオルゴールの夕べ&無料美容セミナー 2018年07月05日(木)

どちらのイベントも私の主催ではありませんが、今月に予定していますので、どうぞいらしてください。

はじめは7月19日の木曜日の夜7時から9時まで、新宿にあるアイカフェ(私とは関係ありません)で行う、無料の美容セミナーです。ただし、場所代は参加者負担となり、一人2000円徴収とのことです。

それ以外は、カフェですので、各自の御茶代などは個人でのお支払いとなります。その他は完全無料ですので、ご安心ください。ただし無料とは言え、内容は確実です。美容関係の方は目からうろこの情報満載なので楽しみにしてください。若返り方法も伝授します。

内容 美容に特化したチューナー使用方法及び、フリーエネルギーを活用した超本格美容のセミナーで、私が一人で行います。内容は圧倒的で主催は長谷川育子様です。

本当は登録ホームがあるのですが、何度やっても私のブログでは反映できないため、直接の御案内となってしまいました。

人数確認が必要ですので、お手数ですが、参加ご希望の方は、SHOPマドモアゼル・愛03-6432-1461 までご連絡ください。火曜から土曜の午後1時から6時の間にご連絡いただけるとありがたいです。よろしくおねがいいたします。

無料美容セミナーは7月19日夜7時から9時です。
会場:アイカフェ 東京都新宿区四谷坂町12-12 2F
https://www.facebook.com/suiso.i.cafe/ 電話 03-6457-8679


もう一つのご案内は、私を育ててくれた出版社でもある説話社で、月刊マイバースデイでお世話になった会社が主催される、マドモアゼル・愛432Hz純正律オルゴールの夕べ。

日時は7月28日の夜7時から9時まで。オルゴールの実際はもちろんですが、音の不思議、音の力に触れ、音に思いを乗せて遠隔で影響を与える実験も行います。
遠くにいる愛する人に思いを届ける、、まだ見ぬ配偶者に思いを届ける、、、、そんな馬鹿な、、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、無の力を知っているのと知らないのとでは、人生そのものが違ってきます。内容の濃い、オルゴールの夕べになると思います。

こちらは、ご用意いただいた貼り付けがうまく行きましたので、下記へ直接お申込みください。真夏の晩、早稲田でお会いしましょう。詳細とお申込みは下記へ

マドモアゼル・愛オルゴールの夕べ



 

432Hz 音楽の力 2018年07月03日(火)

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432Hzの音楽を聞くと、4-5曲目から体が暖かくなり、段々と眠くなってきます。

深い癒しが本来の音楽にはあったのです。なぜ、この周波数が許されなかったのか、、、人々が幸福で満たされたら困る人がいたからでしょう。

不安本位制、不幸本位制、不健康本位制で動かされている私たち。
これをやさしさ本位制、楽しさ本位制、健康本位制に変えていかなければいけません。

それには、音楽の基音を432Hzに変更することが必要です。

まずはお聞きください。432Hz基音の、本当の音楽を。下記URLをコピーして検索しリターンキーを押してご覧ください。

https://youtu.be/fp680YOimUI

公式SHOPにて432Hzオルガニート発売しました。(他に444Hzも)

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希望の周波数153Hz 2018年07月01日(日)

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 153Hzの2タイプのチューナー及び、⒉タイプの音叉箱を7月1日から発売しました。

改めて153Hzとは何かについて、説明したいと思います。153Hzについては世界でもまだ表向きではあまり語られていない周波数です。しかしこれは特別な意味深い周波数です。

振動数が三単位で成長する周波数の総代表であるこの周波数は、全数の三分の一の性格を代表して持っています。全数の三分の一ですので、いわば無数の三分の一というとんでもない大きさです。このすべての数の三分の一を集約した数が153なのです。それについては後ほど説明させていただきます。

まずはじめに、数と周波数を同列に扱う根拠についてです。周波数は振動数ですので、数理的な概念と一致します。1センチとか1グラムとかいう長さや重さの概念は、それが人為的な約束事であるのに対して、周波数は実際の1振動=1周波数であり、数と完全に一致します。周波数の数は概念ではなく、人為的なものではないのです。

そのため、数にもし意味があるとしたら、数と周波数は同列に語れる部分が多くなります。数秘やゲマトリア、カバラなど、数に関した秘密や考えは根源的であり、高度な神霊界から送られるメッセージはそのほとんどが数字、もしくは幾何学模様だと言われます。

この世の物はすべて音=振動によって作られていますので、周波数こそが数を生み出した大本にあるわけで、音=振動回数=数 と三位一体です。

153が持つ原理的意味は、周波数153Hzとなるわけです。

では、153にはどのような意味があるのでしょう。まだあまり語られることのない数ですが、隠れた形で語り継がれてきたことが伺えます。

キリスト教世界においては、ひとつのアナロジーとして、一部で密かにこの数が語られてきました。それは聖書記事に153が出てくるからです。それも復活のイエスが最後に残した数として、聖書に登場してきます。
ヨハネによる福音書の21章はヨハネ伝最後の章です。テベリアという海辺に、復活したイエスが最後に現れる重要なシーンです。イエスは魚が取れずに困っているペテロに指示します。そこらへんに網を投げ入れてみなさい、そうすれば魚が取れるでしょうと。

ペテロが言われるままに網を投げ入れると、たくさんの魚が網にかかります。その数が153匹であると、わざわざ聖書に書き記されるのです。この意味について、密かにキリスト教会では語り継がれてきまたのですが、その内容はアカデミックなものと違い、どちらかといえば、秘境的な色合いのする、神秘学の深い部分としての印象です。要するに一般には広がることのない秘め事でした。

153の意味にはすべての人の救いの約束というイエスの意思があるのですが、教会によらねば人は救われないという教会権威と異なる方向となるため、おそらく秘め事にされたと思います。ソルフェジオ周波数もおそらく同じ構造の元に隠されたのでしょうから。

153が3で割り切れる数のすべてを代表するというのは、3で割り切れる数の一つ一つをそれぞれ3乗し、その答えを和していきます。それを何度も繰り返していくと、最終的にすべての3で割り切れる数は153となり、以後一切変化しなくなります。3で割り切れる数の終点が153なのです。

例 27の場合  2×2×2=8 7×7×7=343  343+8=351 
3×3×3=27  5×5×5=125 1×1×1=1  27+125+1=153 以降変化しなくなります。27のように、3で割り切れるあらゆる数は最終的に153になります。27はわずか二桁ですが、たとえ、何億桁、何兆桁であっても、すべての3で割り切れる数は153に行き着きつくのです。

3は三位一体のキリスト教の精神を表す数です。占星術では発展の木星の数、音楽ではワルツ、1が始まりで、2が対象物、3で対象物が和して発展となる意味は普遍です。聖書記事における3は、ペテロの網にかかる人間の数を意味します。

聖書記事の他の部分で、イエスがペテロに対して「あなたを人間を取る漁師にしてあげよう」との言葉があり、その証しはヨハネ伝の最後に設定され、ペテロはイエスのいわれるままに網を下ろして、153匹の魚を得る、、、

人間を取る漁師、、、すなわち、ペテロの網にかかる全人類の三分の一をイエスは救う、、、と解釈されてきたわけです。三分の二の人類は滅ぼされるというヨハネの黙示録の記事ともそれに符号します。

こうした内容はイエスの言葉を聞く三分の一の人だけが生き残る、、、というアナロジーとして伝えられた一面がありますが、実は153には、すべての人の救いの意味が込められているのです。

153は1.2.3.4.5のそれぞれの数の階乗の和となります。階乗とは、1.2.3..4.5を下記のようにしたものです。

1×2×3×4×5=120
1×2×3×4=24
1×2×3=6
1×2=2
1=1
120+24+6+2+1=153

1から5までの階乗には、すべての人々の意味合いが出てきます。
すべての数は基本的に1.2.3.4.5のどれか、もしくはこの5つの数の組み合わせたものの倍数と和の組み合わせです。6は2+4 でも良いし、7は3+4、5+2でもよいし、8は3+5 9は4+5であり、1から5があれば9までのあらゆる数の大本がここにあることになります。5までの階乗数には、すべての人々の意味が込められていると思えます。

私の考えですが、153Hzは、男女の声の接点になる周波数だと思うのです。女性の低い声、男性の高い声が153Hz内外で一致します。男女の交わりを暗示する周波数ということにもなります。

お産の時の呻き声、喜ぶ男の声、、、その周波数と見ることもできます。数秘学として見ると、153は1+5+3で、9となります。9は無であると数秘学では考えます。無からしかエネルギーは来ませんので、隠された9は無限のエネルギーを示す暗喩となります。

完全数は常に三桁です。数は原則的に、1.4.7の系列、2.5.8の系列、3.6.9の系列の3種類に分けられ、どれかに属します。上記の3種類の全部を持ち、且つ合計が9となる数は18種類しかありません。

126.162.216.261.612.621
135.153.315.351.513.531
234.243.324.342.423.432   以上の18個以外にありません。

これら18個の数は3系列のすべてを持ち、且つ9を外に隠しています。かくれた9.、すなわち無からしかエネルギーは来ません。無からあらゆる事柄、すなわち3系列のすべてにエネルギーを送れる数の概念がこの18個であり、この18個の数はフリーエネルギーの原理を知っていることになります。

これら18個の数はすべて3で割り切れる3のグループであり、その主となる数、3のすべてが帰結する153を中心に設定されている18個の数。主役はもちろん153です。この中には、正しく音楽の基音ともいえる432も含まれています。

18個のこれらの数は数秘術にゲマトリアにも頻繁に登場します。3の原理、9の秘密を独り占めすることで、この世を支配した構図が見えてきます。人間に与えられるエネルギーの多くが、この18個の周波数の音により得ることができるのですが、(もちろん私の考えです)これを隠し、人に与えないようにしながら近代化は進んだのではないでしょうか。

国会議事堂に入る人は、必ず9という数が見えるものを隠さねばならないということです。憲法改正の反対を抑えるという意味のようですが、9を許せば、フリーエネルギーの時代が到来してしまう意味もあるでしょう。9は無を表す数であり、そこからしかエネルギーは来ないので、悪の時代を継続させるには、9の本当の意味を隠すしかありません。

この18個の数、すなわちこれらの周波数に特別な意味があると私が思ったのは、この周波数帯が人が自然に発声する生活音の周波数帯であることがヒントとなりました。音にはエネルギーをもたらす力がありますので、周波数によっては、人を苦しめも、喜びもさせるものがあることに気づいていました。

18個の周波数は人が普通にしゃべる中に設定された周波数で、神はこの周波数を持って、人にエネルギーを送る仕組みを考えられていると思えるのです。

都市化、アスファルト化、核家族化、単身化、仕事や時間の合理化、パソコン化、自動化は、ことごとく18個の周波数を隠す働きをしています。本来の豊富な会話の機会がどんどん少なくなっていくことは、個々や社会のエネルギーが不足していくことと大きく関係しているのです。

18個の周波数、ことに153Hzを得ることは、生きていく質を向上させる上でとても重要です。かつては大家族や大人数の仕事場で得られたはずの18個の周波数は、都市化、近代化、核家族化、単身化の中で、極めて不足した状況にあります。

音からエネルギーが訪れるとしたら、現代では足りない音、取り上げられてしまった音があり、その分、人はエネルギー不足に陥るのです。足りない音があると言っても一般的には理解されないことは承知ですが、イエスが暗示した153、その数が持つ多くの暗示から、153Hzは極めて重要です。

私が得た結論は153Hzは和をもたらす、和の周波数であるという確信です。和というとただ仲良くした方がいい、、、というあんちょこなものではありません。和さねば、力がでないという意味で、危険な偏った時代に必要な周波数なのです。和さないものからは融合は生まれず、融合がなければ、やがて孤立の運命が私たちを襲います。あらゆるギャップの解消を促進させる周波数が153Hzだと思います。

153Hzは人間が人間として生まれ、生きる際に必要なエネルギーであり、男女の声の接点にあたり、人間が重要な場面で引き出す音となって、私たちにエネルギーを与えているのです。

和すことで双方のギャップが解消され、エネルギーが生じます。その働きと153Hzは大きく関係するのですが、153Hzは対立する者同士の接点となり、和と平和に欠かせない要素です。イエスの救いの暗示、153Hzは先の見えない時代に、この先の時代原理と本当の希望を与えてくれる周波数と言ってよいでしょう。

単独では強くても、和することを忘れた現代人。強さだけでは見通せない未来がこれから訪れるはずです。その際、153Hzの必要性が出てくるでしょう。

153Hzを得る方法としては、通常の会話、女性は低い声の、男性は高い声での発声。また抑揚をつけた朗読での表現により、この音を得ることも可能です。さらに大勢の仲間との会話では、必ず、この音は飛び出してきます。昔の大家族の家では18個の周波数がたくさん飛び交っていたことでしょう。

安定して153Hzを得るためには、二本の153Hzチューナーは、画期的な働きをしてくれるはずです。

(ここで語ったことは、まだ一般で認知されたものと違い、科学的な根拠はありません。あくまで私個人の考えです。この内容を元に、どうか皆さまも個々でお考えくだされば幸いです)

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153Hz4つのアイテムご紹介

153Hzステンレスチューナー 15000
153Hz重し付きチューナー 16000 
153Hz専用アクリル音叉箱  15000
153Hz専用木製音叉箱  20000

お得な153Hzコズミックセット①②
① 153Hzステンレスチューナー+153Hz専用木製音叉箱  30000
② 153Hzステンレスチューナー+153Hz専用アクリル音叉箱 26000

153Hzチューナー及び音叉箱の使い方

153Hzステンレスチューナーのご使用方法
振動専用のチューナーです。振動させたチューナーのグリップ部位を体に直接当てて使用します。エネルギーが不足している部位や流れの悪い部位に使用し、体や心のエネルギーの停滞、こだわりを無くすことを目的にしています。153Hzは自然なエネルギーですので、不自然さから来る不安や不運、原因のわからない焦燥などをお持ちの方にとくにお奨めしたいチューナーです。音叉箱をご使用いただくことで、振動を音に変え、全身での153Hz体験ができます。

153Hz重し付きチューナーのご使用方法
こちらも振動用チューナーですが、振動が大きいため、耳元では空気の振動が顕著に伝わります。この振動音に合わせて、同じ高さの声を出しますと、脳内で共振現象が起こります。共振したものにはエネルギーがもたらされますので、脳に直接エネルギーを取り込むことを目的にします。(共振からエネルギーが得られるというのは、科学的な根拠はありません)一人暮らしであまり人と話す機会のない人にとくにお奨めしたいチューナーです。重し付きチューナーは音叉箱用の仕様にはなっていませんが、音叉箱に直接グリップ部位を付けることで振動を音に変えることができます。

153Hz専用木製音叉箱
長さが53センチあるかなり大型の音叉箱になります。音が長く鳴り響きます。地の底から聞こえるような重低音が部屋中に響き、部屋全体をエネルギー空間に変えてくれます。木製でできたデリケートな音は品がある安心感に満ちています。約1分半ほどの振動体験が可能です。

153Hz専用アクリル製音叉箱
長さは53センチある大型の音叉箱です。透明なアクリル製品です。木製にくらべておしゃれですが、音の面で木製に比べると多少短い時間の振動となります。人前での演奏やセッションでは美しさがひときわ輝きます。振動時間は約1分です。

お得なコズミックセット①②が他にあります。153Hzチューナーは世界で初めてのものです。今後153Hzは希望の周波数として、いずれ認知されるようになるでしょう。特別な周波数をわかる人だけにお届けいたしたい、これが最初の機会となります。


チューナー類は科学的、医学的には根拠がないものです。効果、効用も認められたものではありませんので、ご検討の際は個々の判断でお願いします。


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