愛の日記


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イノチの話 ① 2017年02月23日(木)

イノチって何だろう、、、

生きるって、、、、何

誰もが考えたことがあると思います。よく考える人もいると思います。

自分って、何?   何とか何がし、、、という名前が自分?

どこそこの学校を出た自分、、、こういう会社で働いている自分、、、

色々な自分がいると思いますが、一番の基本は生きている自分であることは間違いないと思います。

自分って、イノチをもっているんだ、、、生きているんだ、、、、という思い。

それは、一流大学を卒業した自分より、たくさん貯金を持っている自分より、よい会社に行っている自分より、ずっとずっと大きいものです。

もちろん、あんな学校しか出てない自分よりも、貯金がほとんどない自分よりも、借金まみれの自分よりも、リストラにあった自分よりも、ずっとずっと大きいものです。

じゃ、イノチって何なのだろう、、、、
生きてるって、何なのだろう、、、、

私に答えなどありませんが、どことなく関連した話し程度ならできるかもしれません。

きょうはそのことについて、お話しできればと思っています。

昔、どこかで読んだ本の中で、戦争の話しがありました。

内容は、戦争の話しで、その人はアメリカ人で、日本軍と戦っていた時の話しです。おそらく太平洋戦争ですね。

その人は海軍にいて、潜水艦に乗っていましたが、日本の軍艦に発見され、潜水して逃げたものの、ついに追い詰められました。

艦長の命令は、これからエンジンを切るので、電気も消える。隊員はベッドで寝ていろ、、、、ということだったそうです。

エンジンをかけている状態だと、発見されやすいので、エンジンを切り、音を消して海底でじっとしているという命令なのですが、そうなると電気も消え、冷房もない中で、ただ黙ってベッドに寝ていることになります。

日本軍は海底に敵の潜水艦がいることはわかっていますので、そこら中に爆弾を落としていきます。

近くに爆弾が落ちるたびに船体は大きく揺れ、異音が聞こえることもしばしば、、、

爆発衝撃を感じるたびに、もうダメか、、、と不安と緊張はピークに達します。

地獄の一日が過ぎ、、、二日目になっても日本軍は爆弾を落としつけます。

もうおそらくこのまま自分は海底の藻屑となってしまうのだろう、、、と船員の誰もが思ったことでしょう。

二日目の攻撃も執拗につづき、一睡もできぬまま、真っ暗闇の潜水艦の中で、恐怖に耐えます。

その時、彼は神に祈ったというのです。

「神様、もう一度だけでも、太陽と光に照らされた地上を見ることができたら、私は残された人生の中で、もう決して、不平や文句を言うことはしません」

戦争の話しになってしまうと、どちらがどっちになってしまいますが、イノチの話しになるとそんなことは超越してしまうのです。

イノチは米兵にも日本兵にも共通しているのです。こうして祈りが通じたのでしょうか、日本軍は3日目にあきらめて去り、潜水艦は無事に浮上して、隊員たちは太陽の光と輝く海を見ることができたのです。

イノチの危機に瀕すると、私たちはその大切さを切実に思います。日ごろは忘れていますが、イノチは生き続けているのです。

自分を一流会社の誰それと思って生きているか、、、自分をイノチだと思って生きているか、、、当然、生き方や姿勢が変わってくると思うのです。

イノチにはさらにすごい面があります。鉱山で働いていた人の話しを昔読んだことがあります。

古い鉱山の岩石の採掘場所で、今割れたばかりの石の中から、よろよろと、何か出てきたのでびっくりすると、それはカエルだったのです。

よろよろ数歩歩いて倒れてしまったということでしたが、もし雨でも降っていたら、もしかしたら、元気になって生き返ったかもしれません。

しかし、何千年ももしかしたら何万年も前の岩石の中に、カエルは生きていたことになります。

宇宙からも色々な隕石が地上に落ちてきます。その中には、おそらく色々な菌類やイノチがもしかしたらあるのかもしれません。

それらのイノチは、環境が合わない時には死んだふりをしているでしょうが、いったん、自分の出番を知れば、イノチを復活させて動き出すのかもしれないですね。

要するにイノチの適応性のすごさです。

イノチは私たちが考えている以上にもしかしたら、強いものかもしれません。

強さがきっと違うのです。イノチの強さの秘密は、適応力にある気がします。

どんな状態でも、どんな不利な場合にでも対応し、適応できれば適応して生き、ダメなら死んだ不利をしてでも次回を待つ、、、凄いと思います。

皆さんは切り花をあたり前のように、きれいだな、、、と観賞して喜びますが、花からしてみたら、切られてしまっているんですね。

なのに、ひとつとして文句を言わず、きれいに咲き続けてくれます。

それは、なぜでしょう。痛点がないから、、、なんてつまらないことは言わないでください。

痛点はないかもしれませんが、切られたことはわかっているので、それなりの生き方にシフトチェンジして、コップの水の中でも、イノチを輝かせようとしてくれるのです。

切られた花は、切られたことを恨みもせず、文句も言わずに、切られたなら、切られた状態で、イノチを輝かせるのです。

花という物質にこだわらず、イノチそのものになり切っているから、切られても美しく咲いてくれます。

体があってもイノチを知らない人、、、お金があってもイノチを知らない人、、、出世してもイノチを知らない、、、優生学なんていうバカ学問が跋扈した恥ずかしい歴史を人間はもっています。

イノチに気づけないという恥に、私たちは気づかねば、次の時代を築けないと思います。

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イノチの話② をお楽しみに










 

不思議なことたくさん 2017年02月17日(金)

世の中には不思議なことがたくさんありますが、人の態度からその真意をくみ取るのにも難しさがあります。

アメリカ大統領のトランプ氏を悪く言い続けているのがマスコミ。そのマスコミは、安倍政権に対しては、おっかなびっくりに見えます。

その安倍総理が訪米して、トランプと旧知の仲でもあるかのような親密ぶりを発揮。

さて、安倍氏とトランプ氏があれほど仲良くしたのですから、マスコミはトランプ氏の悪口を言わなくなるのかな、、、と思いましたが、マスコミは相変わらず安倍氏訪米以降もトランプ攻撃を止めてないように見えます。

トランプ氏は、これまでのアメリカネオコン金融勢力のやり方を変えようとしている人。確かにそのような政策を行っていますので、今のところ、間違いなく反ネオコン、反クリントンであることは確実。

一方の安倍氏は、選挙中にクリントン詣でをしてトランプ氏には合わなかったのですから、これまた、はっきりとアメリカのネオコン金融勢力と近い存在であったはずです。

ジャパンハンドラーズと呼ばれる日本におけるネオコンン勢力の指導者であるマイケルグリーン氏などとも近い関係にある現政権ですから、自民党政治も民主党政治も、基本はこれに沿っていたはずです。

その代表である安倍氏が、反ネオコン反金融勢力であるトランプ氏に、疑いもせずに急接近するからには、安倍氏もこれまでのやり方を、考え方を、価値観を変えたことになるのですが、本当は一体何だったのでしょう。

考えれば考えるほど不思議です。ふたつの見方があると思います。

アメリカでクリントン氏が負けたように、これまでのネオコン金融勢力が弱体化したので、言いなりだった日本政府も新たなアメリカのボスであるトランプに鞍替えした、、、これはわかりやすい推理のひとつ。

もう一つの見方は、マスコミと安倍氏は一体なので、そもそも態度が分かれることはないのだが、大国アメリカの時世には逆らえないということで、本音を隠して、表面だけでもトランプ政権に接近する絵を作った、、、もしかしたら、クリントン氏をトップとするネオコンから、一応形だけでも仲良くしろ、の依頼があった、、、、などが、二つ目の見方です。

三番目に、何もわかってないから、ああいうことができたのだ、、、という根強い意見もありますが、一応、前者の二者択一で考えたいと思います。

マスコミの主はこれまで通りで変わらないとすると、問題は安倍氏が変わったか、変わらなかったか、、、なのです。

時間が立てばいずれわかってくる問題なので、じっくり見ていることにしましょう。ただ、前々から何度も言ってきたことですが、シリア攻撃に際してオバマ前大統領が日本に理解を求めた際に、安倍氏は「ロシアを含む世界各国と連携する」と言ったのを聞いて、私は驚き、何かが変化し出したことを感じたことがありました。

今回のトランプ詣で、先のプーチン来日など、うまく行く行かないは別として、その流れは今でも変わってないことがわかります。

もしかしたら、日本のそうした変化が実は、クリントン氏を失脚させ、トランプ氏を大統領に押し出した可能性まであるのかもしれない、、、とさえ思える節があります。

というのは、安倍氏が、、、というのではなく、日本は弱いように見えて、実は底力が本当はある国なのです。やっていることはいつもおかしく、じれったく、何もわからない風に見えるのですが、時代時代の変化に際して、隠された奥の方で、大きな力が動いているかのように見えるのです。

その秘密は、やはり、唯一と言ってもよいくらいの債権国が日本だからです。

金を作る国が基本的には強く、アメリカやイギリスが世界に台頭してきたのが、この150年です。経済が発展する際には、金を作れる国が強いことは明白です。

しかし、経済が行き詰まり、発展の余地がなくなると、今度は資金は回収に入りますので、債務国はひどいこととなり、一方の債権国は思わぬ形でその強さを発揮することになります。

その流れが実は始まっているのです。ご存知のように、お金というのはインチキなシステムです。お金を発行する力を持つところは、労働も対価をも支払うことなく、札びらを作って欲しいものを手に入れることができます。

それ以外のすべての人は、労働や投資などの対価によってしかお金を手にすることはできません。お金を作る人と、そのお金を働いて得たり返済したりする人が、同じ土俵で勝負すれば、後者は負けるに決まっています。

そのため、どの国も発展とは名ばかりの、借金漬けの経済でしかありませんでした。

日本も似ているようで違うのは、そんな中でも国民が一生懸命に働いて貯蓄したため、ついには、お金を刷ってギャンブルで負けてしまった国よりも、はるかに多くのお金を残すことができた、ということです。

それはスイスと日本のみ。他にも債権国と言われている国はあるかもしれませんが、実体はどうだかわかりません。その中で、二国だけは正真正銘の債権国です。

その強みが段々と出てくるのです。それを黙ってアメリカに差し出すようなバカな真似をする可能性もありますが、アメリカ国債をたんまり溜め込んだ日本は、アメリカに潰れられても困るところにいます。

アメリカ内需の高まりに期待して、お金を注ぎ込む、、、それによってしか、アメリカ国債に投じた金は戻らない、、、という高度の判断があったのかもしれませんね。

ただ、その金が年金の金というのが、バカにした話しとはなるのですが、どうなるのか、見ていましょう。

日本がアメリカから手を引けば、すぐにでもアメリカは弱体化するでしょうし、中国でもそうでしょうし、韓国でもそうです。

すべてのカギが、いつの間にか、日本が握る位置に来つつあるのも事実なのです。

ただ、現政権にそのかじ取りを行う本当の力があるのかないのか、、、はなはだ心もとない気もします。

ただ、時代的なチャンスを持っているのは、確実に日本です。これを生かせるか生かせないか、、、けっこう重大な時期になりつつあります。

これからのアメリカは、内戦さながらの分裂に直面すると思います。日本のマスコミは言いませんが、私の知人のアメリカ在住の方からは、急速に家賃が上がったり、完全に分裂した状態が色々な場面で見える、、、ということだそうです。

今後内戦まではいかないでしょうが、アメリカは混乱の度を増し、世界にいるアメリカ兵たちは、本国に戻ることになるのではないでしょうか。

世界情勢と日本の今後については、もうすぐ発行する2017年の日本と世界という無料レポートを今しばらくお待ちになってください。12星座別の運勢と共にお送りいたしますので、もうしばらくお待ちください。

さて、お知らせですが、明日の土曜日は第十一回のプロ養成施術セミナーがあるため、shop尾山台は臨時休業となります。

明日の土曜日、日曜日、月曜日と三連休となっていますので、どうかよろしくお願いいたします。

先日のブログに書いた、チューナーで視力を回復したり、涙目を止めた話しの反響が多かったので、私のやり方を下記の動画に掲載させていただきます。

あくまで私は視力が良くなり涙目が止まったというだけで、科学的な根拠などありません。本当はあるのですが、言ってもわからないと思いますので、現代科学とは異なる視点からのエネルギー論であり、認められているものではないということをご理解ください。

無にしか力がないと思っていますので、現代科学の立場とは逆になります。死んだらおしまい、、、無は無、、、という本当は間違った視点に立っていることが、人類の不幸の元にあると思います。



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汚れの理由 2017年02月10日(金)

大体の物は、使ったり時間が立つうちに、段々と汚れたり精彩が亡くなってきます。

尾山台の私の店にいらしてくださったお客様によく行うサービスは、身につけていらしたネックレスや時計、腕輪などを陶器のお皿に乗せて、お客様と私が一緒にそれぞれがチューナーで皿の上にチューナー音を聴かせるのです。

最初の1分程度は変化はありませんが、2分、3分と立つうちに、ネックレスや腕輪、時計が、キラキラと輝いてきます。

10年以上も前に購入した精彩を失った時計が、長い月日を経て、再び輝きを取り戻してくる様子は美しく、皆さん非常に驚かれます。

磨くこともしないのに輝いてくる様は、まるで手品のように感じられますが、その理由はエネルギー不足が解消されるからなのです。

物が汚れるのは、手垢がついたり、油がついたからとか、埃のせいではなく、エネルギーが不足したからなのです。

私は以前、野生の犬を山奥で飼っていたことがあります。ノラだったので、お風呂には絶対に入りませんでしたが、かといって汚れることもありませんでした。

いつもピカピカの毛艶で、それは見事でした。しかし、齢が行って急速に衰え、死ぬ数か月前になると、徐々に毛艶が悪くなり、最後は汚れた印象がありました。

私の犬はお風呂に入らないから汚れたのではなく、エネルギーが不足して汚れたのです。

宝石も時計も貴金属も同様です。エネルギーが不足すると汚れ、エネルギーが満ちてくれば、光出します。

チューナーがあれば、それは簡単に実験することができます。皆さんがお持ちのパワーストーンや時計やチェーンなどを、皿の上に乗せ、そこに向かってチューナーを鳴らして音を聴かせてください。

最初の1分ほどは変化が分からないかもしれませんが、3分以上行えば、輝いてきます。再び手にとってみれば、おそらく感動されることでしょう。

エネルギーが満ちたものは、輝きを増して美しくなります。

この実験を私はお店にいらっしゃるお客様にもう何百回も行ったでしょうか。例外はありませんでした。そんなに変化しないな、、、と思うと、それは石ではなくてプラスティックだった、、、ということもよくありますが、それでさえ、やはりキラキラと美しく光ってきます。

光らせるために行うのではなく、お持ちの物にパワーを与え、エネルギーに満ちた状態にして差し上げる、、、そうしたものを持った方が、運気もきっとよくなるだろうと思えるからです。

誰が行っても結果が出せますので、どうかチューナーをお持ちの方は実験してみてください。あなたの宝飾品を永遠に輝かせることができるはずです。

なぜそのようなことが起こるのか、、、の原理はこれまでに何度も言っていますが、チューナーが振動し、音が出れば、それが作用となります。

何等かの作用が起きれば、それを止めて元に戻そうとする宇宙の反作用をもたらすことが可能になります。

そして、反作用にこそ、本当のエネルギーが存在するのです。

この世にある物には、何ひとつエネルギーを与えるものはありません。この世にある物を通して作用を起こす、、、それにより、宇宙は反作用を起こしてエネルギーを届けるのです。

例外はありません。チューナーを鳴らすのは、作用であり、必ず、反作用が生じて、音を元に戻そうといたします。

なので、結果的に、チューナーを鳴らせば、そこにエネルギーが訪れますので、あたかも、チューナー音に力があるかのように感じられてしまうのです。

しかし、人が行うあらゆる作用自体には、何の力もないのです。ただ、反作用を招くことによって宇宙は私たちにエネルギーを送るのです。

人が生きる意味もそこにあります。顔が全員違う、、、体つきも声も違う、、、考えが違う、、、個々の違いはすべてその人にしかできない作用を起こすために必須となります。

個の特異性がその人にしか作れない作用を起こせば、そのギャップを埋めようとして、反作用を起こし、その際にエネルギーが入りこむのです。

お皿に乗せた貴金属やパワーストーン、時計などに向けて、チューナーの音を照射すれば、反作用と共にエネルギーがその場に訪れます。エネルギーを得た石や時計は、ピカピカと光出すわけです。

先日、私は朝起きてから、左目から涙が出て、なかなか止まらずに困っていました。最近よくあることだったのですが、冬場の冷気と何と言っても年齢的なもので、涙目になっていたわけだと思います。

その時、ふっと、「そうか、目も水晶体だよね」と思い立ちました。そして、皿に置いた時計や石に向けてチューナー音を照射するのと同じように、涙目の自分の左目に向けてチューナーを聞かせたのです。

その結果に私自身、本当に驚きました。涙目は一発で止まり、さらに視力のぼやけが消え、まるで20代の頃の目の感触に戻ったのです。

眼球に向けて照射したチューナー音が宝石をピカピカにしたのと同じように、私の涙目を止めてくれた上に、視力のぼやけを修理してくれました。

そして感じたのですが、私は自分が肉体をもって生きていると思っているが、本当はそうではなく、エネルギーを反映しているだけではないかと感じたのです。

飼い犬だったノラは、お風呂に入らなくてもピカピカだった。私の目は、年齢が行って老人になったから悪くなったのではなく、エネルギーが不足して目がおかしくなった、、、とそう考えた方が合理的に思えたのです。

自分は肉体ではない、、エネルギー体と思った方がよく、意識体と思えればなおよい、、、と感じられたのです。

実際に、私の目はエネルギーを得ることで、間違いなく問題を解消しました。視力も変わり、運転免許の視力検査を眼鏡なしで一発合格。毎回そうですが、今年は多少自身がありませんでしたが、すらすらとよく見えて、おそらく1・5はあったと思います。

齢が行ったから目が悪くなったのではなく、エネルギーが不足していたから悪かった、、、という解釈が実は正しいのです。

さらに言えば、目から、実はエネルギーを得ている、、ということもおそらくあると思います。

見る、、、ということはエネルギーワークとしてもとらえることができるはずです。

見るという作用です。作用があれば、必ず、反作用が起こります。見るものと見られるものとの間には、微細なエネルギーワークが存在するはずです。

微細な刺激であればあるほどエネルギーは大きくなりますので、私たちは、もしかしたら、見ることを通してかなりたくさんのエネルギーを得ていると思うのです。

しかし、見ることが、段々と形式化し、体験から遠のいて、記号化していく、、、あれは電車、あれはテレビ、あれは道、、という知っているつもりになって、形式的な解釈を行うことで、体験でなくなっていく。

その結果、齢を経るごとに体験値は低くなり、形式的な枠にはめ込む合理的ではあるが、エネルギーワークとは異なる死の世界を広めて行ってしまう。

赤ちゃんや子供は物事をよく見ているから、エネルギーワークとして見ることが存在する。

大人になるに従い、慣れて、形式化し、記号化して、エネルギーワークが少なくなっていく。

それは見ることから得るエネルギーの消失を意味し、段々と見えなくなっていく。視力は衰え、ハッキリしなくなる。

老人になったから目が悪くなるのではなく、本当は反対で、目が悪くなったから老人になっていくのかもしれない。

眼から入るエネルギーについて考えたが、同じことは足にも手にも内臓にも言えるのだ。

肉体が衰えるのではなく、エネルギーを得る道を形骸化し、記号化した結果として、私たちは年を取っていくのではないか。

その中で、目は特に重要な気がします。目から、見ることから、私たちは、きっとエネルギーを得ているのです。

しかし、よく見ることが、、、真剣に見ることが、、、無心に見ることが段々と減っていき、、、、目が段々と悪くなる。

眼が悪くなれば、エネルギーが入りにくくなる、、、そして老いてゆく私たち、、、

目をかける、、、目をそむける、、、そんなことからも、生きる姿勢を反省する必要があるような気がします。


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ゼロが無限 2017年02月05日(日)

フリーエネルギーの根本原理は、ゼロにしか無限はなく、あらゆるエネルギーはそこから訪れるということだと思います。

しかし私達は多くの場合、そうは考えません。どこかにあったものがなくなった場合を、私達はゼロと思いやすく、そうしたゼロしか考えようとしません。

10万円を使ってしまって、貯金がゼロになったら、ゼロ円、、というゼロです。

火事で家が焼ければ、家がゼロになります。

地球資源が使い過ぎてなくなれば、やがて、石油も資源もゼロになると試算したりします。

こうなると、さあ大変とばかり、あれをしてはダメ、これをしてはダメと、政治がしゃしゃり出やすくなっていきます。

人生設計もいくつまでいくら貯めて、、、というゼロにならない計画が重視されるようになっていきます。

こうした物的ゼロをゼロとして捉えがちな私達は、つい、この世的な価値観に従うようになっていきます。

勉強しなくては良い将来がない、、、良い学校にはいらなければ未来は暗い、、、30歳までに結婚しないと女性は不利、、、家くらいもたなくては、、、定年後はいくらかかる、、、保険に入らなくては不安、、、

こうしたことが悪いわけではなく、私達の安心として働く場合はもちろんあると思います。

問題があるとしたら、それらの不安や常識や価値観は、物質のゼロを避けようとする、物質主義のところにあるのです。

物質主義が悪いわけではありませんが、事実でないとしたら、事実から立脚しない価値感も考えも、私達を幸福にするとは思えません。

ゼロが実は無限と同居していることが事実だとしたら、物資的なゼロにばかり意識を向けることは、不自由そのものになりはしないでしょうか。

物は意識から、ゼロから生じた物だとすれば、それらはすべて結果物であって、何の力も有していないのです。

電車にのってどこかに行った場合、物質の考えでは、電車で行けた、、、となりますが、ゼロの視点では、行こうと思ったから行けた、ということになります。

そして、すべてはまず先に意思と、その前に存在する意識によって行動が生まれますので、質量のないゼロにしか、本当は私達を動かす力は存在しません。

ただ、電車に乗って行った、、、と物理的に考えた方が分かりやすい考えがあり、そちらの物理的な側面をつい重視してしまうのです。

しかし、電車で来ようが、歩いて来ようが、飛行機で来ようが、それが大した問題になることは実際には少ないのです。

そんなことより、おばあちゃん、、、会いたくて来たよ、、、という思いが人生や生き方や今後の人生に大きな影響を与えることは明白です。

しかし、そんなゼロを忘れ、電車で来たとか、飛行機が良いとか、どの会社はどうだとか、人は外面上のことばかり、あきもせずに話し続けます。

ゼロがそんなに怖いのでしょうか。いつしか私達は、肉体という質量のある存在を、自分だと勘違いするまでに至ってしまったわけです。

ゼロがすべてを作っているのに、ゼロ以外からは喜びは訪れないというのに。

会社に飼いならされた男性の心の固さが問題になることがありますが、それはゼロよりも、会社組織やどこの大学を卒業したとかいう、外見の物質的なものにとらわれ、ゼロを失ったつまらぬ表現のためです。

企業も政治も、このゼロから遠ざかるほど、儲からなくなりますが、それは人の心を打たなくなるからです。

今はまさにそれがピークに至っていますので、この社会はこのままはいかなくなると思います。すでにあるものにしか価値と力を認めない人が上に立っていますので、ゼロからの政策も魅力ある訴えもないことになるからです。

あった物がゼロになれば、一瞬は誰でも落ち込み、再起不能になると思われるかもしれません。人はそれを恐れて、物質的なゼロを遠ざけようと自己保身的になります。

本来なら、物質的ゼロに陥った際にも通用する教育や哲学が必要なのですが、それが残念なことにありません。人の魂を救済する宗教でさえ、現世利益に傾き、あの神様を信じると金が入る、この神様を信じると権力が入る、です。

ゼロに至った人間をいかに、それがゼロではなく、無限のゼロの入り口に導くかが大切なのです。

それが教育や哲学や場合によっては経済でなくてはなりません。

ずるい金儲けを考えても、ゼロから言わせれば、非常に危険であり、儲かるわけがない、、、との視点がないのです。

物質的ゼロが無限のゼロと同居することを理解すれば、逆境や不幸と思える事柄が、本当のプレゼントであることを私達は理解します。

本来の宗教や教えもそれがメインに来なくてはならないと思うのですが、要するに落ちぶれてしまったのです。

あらゆる物質的ゼロ状態のお取り上げは、本物のゼロ、無限のゼロ、すべてを生み出すゼロに至る道であり、道というより、そのものです。

なので、不幸とは、すでにある物質的な視点で物事をとらえ、考え、それ以外に道はないと思う意識に他なりません。

幸福とは、ゼロを受け入れ、物質的なゼロが大きな世界であることを受け入れた、本当の安心感を言うのです。

イエスが最低の物資的ルームである、馬小屋で生まれた、、、

カエルが一番豊かになったというような昔話し、物質的ゼロになって考えを変えたことから、今の自分がある、、、という成功体験など、質的な進歩は、ゼロの受け入れ以外はからは起こりません。

なぜなら、それが事実だからです。

身体が全て、、、果たして本当でしょうか。その体を生み出しているものは、本当に栄養や遺伝子なのでしょうか。本当はあなたの意識ではないでしょうか。

自分は無の存在なのか、肉体の存在なのか、、、肉体を持つ以上は後者であることも事実ですが、それを維持運営しているものは、やはり無の意識なのです。

金が欲しい、、、地位が欲しい、、、私もそう思います。ですが、だからと言って金を得るために貯金したり、何年計画で貯金しても、本当に貯まるでしょうか。

計画は現実的で立派に見えても、その通りに行くものでしょうか。

私達を取り巻く物質的なものには、本当は実態がないのではないでしょうか。それらは、かつての、それを作り出す意識が作り出した抜け殻に過ぎないのです。

それを作り出した意識が変化したりなくなれば、糸も簡単にこの世から姿を消してしまうのではないでしょうか。

だから、この世に残っているもっとも古いものは石などであって、建造物などは、心もとないものであり、これからも残るものは、石などはかなり残りそうですが、銀座も浅草も、ロンドンも、どうなるか分かったものではありません。

意識が作り、意識がそれらを継続させているだけです。

会社も先代の社長の考えが残されているうちはうまく行くかもしれませんが、金儲けだけに走ったら、ゼロを失い、つぶれるに決まっているのです。

しかし、勉強だけができる二代目、三代目は、そのことが分からず、合理的と言って、物質意識一辺倒となり、あえなくその姿を消していくのです。

ゼロ、、、それは身近であり、いつでもどこでも、あなたに寄り添い、どんな状況や運命からも、あなたを永遠に守り通してくれているのです。

ただ、そのことに私達が気づかない、、、ただそれだけなのです。
 

現代は信仰の時代 2017年02月02日(木)

占いや迷信や非科学的なものは大方の人はバカにします。

ただ面白いのは、鋭く天才性のある人は、まずほとんどが逆に関心を示します。

ユングは自分が考えた人格類型より、12星座パターンの方を重視しました。

目に見えるものは信じる、、、形あるものしか信じない、、、一見合理的なようでいて、それは現代の信仰になっているのです。

目に見えるものしか信じない、、、という現代の信仰は、911のような劇画的現実を見せて、人々の心を支配しようとたくらみます。

911事件がインチキがベースになっていることは、もう明白であり、飛行機突入などなかったのです。

飛行機が突入したと信じている人は、ではなぜ飛行機が突入するだけで、大きなビルがパウダーにならなくてはいけなかったのでしょう。

ありえないことです。自爆したビルはあのようにして壊れますので、911は自爆以外にありません。

こうした事件を劇画仕立てにつくり、あたかも事実かのようにお膳立てする。

要するに手品なのです。見たものしか信じない人の意識には、手品を与えて信じさせることが早道です。

作り上げられた事件の数々、、、そこにはあたかもそう見える手品が使われている、、、

クリントン女史が勝利した際には、宇宙人情報が語られるはずだった、、、という話しがありましたが、それはどういう意味だったのか、考えると非常に興味深いものがあります。

おそらく、悪い宇宙人がいて、そうした宇宙人が地球を攻めてくる、、、そうなれば、地球全体に戒厳令が敷かれますので、簡単にワンワールドが作られる、、、そんな手品だったのかもしれませんね。

推測に過ぎませんが、ともかく手品で人を騙す信仰の時代なのです。

医療も手品、薬も手品、マスコミも手品、政府の運営も手品の手法を使います。

政治家を動かしているのは、民意ではなく、民意に見せた芝居、手品が本質です。そのため、もっとも影響力を持つのは、広告代理店になります。

好印象を持たせる手品政治では、どこで手を振り、どのように振り、そこで知り合いと目があったようにしておどけ、どこそこで立ち止まる。

要するに政治家は俳優でなくてはならないのです。

アメリカではついに本物の俳優が大統領になったわけで、レーガンもそうでしたが、トランプ氏も俳優のような人です。

ただトランプを雇っているのは、これまでの大統領を雇っていた勢力とはかなり異なる点です。

芝居は芝居でもこれまでとは違った芝居が始まることになるでしょう。良い結果をもたらす芝居なら私は良いと思っていますが、、

国会質問の受け答えでは、安倍氏をはじめとして、一様に気をつけているのは、言葉の内容ではないのです。

気をつけているのは、印象なのです。内容ではなく、どういう印象を与えるかが大事なのです。

国民にとって冷たくひどい内容を難しく、わかりにくく言っておいて、最後に「国民のために誠心誠意やっていくつもりです」と必ず、そのような美辞を付け加えるのです。

そうすると、よく内容はわからないけれど、何か信頼してもよさそうだ、、、という一般向けの印象操作ができます。

「自由に枠にしばられずに仕事ができるわけで、女性は時間を気にせずに仕事で才能を発揮することができるわけです」などと言って、残業法案を通すような、そんなやり方と言ってもよいでしょう。

芝居です。印象だけ良くして、ひどいことを決めていくのです。劇画です。もっと言えば、偽宗教の信仰のようなものを信じさせるのが政治手法となります。

だから、政治が広告代理店の仕事になるのです。配役は俳優というよりも、手品師である必要性が段々と高まっています。

911も手品の手法。それで不要な戦争を起こせたのですから、濡れ手に泡。多くの戦争を起こして儲ける。力を得る。世界中に火付け盗賊、戦争を行い、どんどん権力と資源を独り占めにしていく、、、、それがこれまでのアメリカ支配層のやり方でした。

トランプはそれは止める、、、と言っています。どんなやり方になるかはわかりませんが、他国との間に戦火を起こした方法はもう取らないと、はっきり言っている。

アメリカ国民のための政治を行うとも言っています。

そこに日本の首相が出てきて、我が国の年金資金をアメリカの内需のために使う、、、と言い出した。

トランプアメリカは戦略的外交はやめて内向きの政策に移ろうとしていたので、内需を高めたいのはもちろんの話し。そこに日本人の年金を使ってそれをやってくださいと言い出したのが安倍氏。

私もまさかそこまで言い出すとは思ってもいませんでした。これははっきり言って問題があります。

マスコミが何を誤魔化そうと、アメリカの内需のために、アメリカ内部の職を増やすために、日本人の年金資金を使う、、、意味がわかりません。

厳密に考えると、これは犯罪に当たるのではないでしょうか。法律について知らないので何とも言えませんが、自分の家族のために積み立てたお金を、他の家族のために、使うという話しですから、家族は「えーっ、ちょっと待って、、」ということになると思うのです。

家族が大変なお金持ちで、有り余るお金があって、気の毒な家を助ける、、、というのなら、わかります。

しかし、お金を出す方の家は、正社員の道を閉ざされて、アルバイトや派遣でコツコツと貯めた貯金なのです。

それを放蕩の限りを尽くした家とその家族のために、相手から言われる前に、ぜひ、私の家のお金を使ってください、、、と言い出すとは、本当に意味がわからない。

「お代官様、私の娘です。どうぞ自由にしてください」と、悪代官が言い出す前に、家の主人が娘を差し出すというような話しです。

日本って、そんなに落ちぶれているのでしょうか。

こうしたことが、まかり通るとしたら、劇画や信仰の中での話し以外にありません。通常の社会の話しではあり得ないからです。

やはり私たちは、手品の手法によって動かされる、インチキ信仰の時代を生きているのです。

これを止めないといけない。

大本にあるのは、現代の最高の手品、それはお金です。お金という信仰手品にすべての人が少なからず捉えられているのです。

しかし、これは信仰ですから、いざとなったら、紙切れになる波乱をはらんでいます。

私たちの人生は紙切れに支配されているわけで、ここから自由になることをみなで考え、行動していかねばなりません。

どうすれば、お金の信仰から自由に脱皮することができるのでしょう。衣食住さえ自由に作れれば、どうにかなるはずです。

もっとも高価な家は、都市集中しているからで、平均的に安全な場を求めていけば、一か所に集中することなく土地などどうにでもなるはずです。

住宅の建築費も高価ですが、わざわざ高価な家を作っても、地震や災害に弱い家では意味がありません。

家は重量が重たすぎるかもしれません。発泡スチロールで安くて丈夫な家ができるプランもあります。大きな家でもわずかな暖と冷で、夏も冬も快適に過ごせるようです。

地震が来て潰れても、手で押しのけて出てこれます。

そんなものでもよいのではないでしょうか。

服は有り余っています。ミシンがあれば、自由に個人でも良い服が作れます。世界の貧しい人々をこき使って安く作る大手の服などよりも、ずっと私たちに幸福な波動を与えてくれる良い服ができると思います。

そういう服着たいですね。○黒よりずっと幸せ。

残るは食です。食が汚されています。ゼロポイントの考えを利用応用すれば、無農薬の栄養価の高い素晴らしい野菜や米も作れます。

野菜を作ることで、野菜と自分との間に共振が起こり、野菜は作る人にあったものとなっていきます。

幸福の連鎖が自然界の中で起こります。地上の自然界は残念ながらお金の信仰によって壊されていますので、純粋なものは、むしろキッチンの畑でできるのです。

さらに、蛋白源の魚でさえ、家で活かして成長させられます。

飯島先生のオフィスにいた金魚を、いつもお邪魔するたびに私は見ていたのですが、楽しそうにしているのが伝わるのです。

ある日、いつもと違う金魚の雰囲気を察した私がそういうと、飯島先生は、「ああ、さっき、何かを変えたから、、まだ馴染んでないんだね」とおっしゃりました。

何を変えたかは、よく聞き取れなかったのですが、私の金魚眼は間違いなかったと内心誇らしく思ったものです。

その金魚ですが、先日、松原先生から伺った話しでは、「あの金魚、業者が100万円で売ってくれ」と言ってきたことがあるとか。

飯島先生は、「縁日で30円だったのにね」と。

何が30円の金魚を100万円に変えたのか、、、フリーエネルギーなのです。

エサも与えないで育てていらっしゃいましたので、フリーエネルギーを浴びて喜んで育った金魚を100万円で売って欲しいと。(私ならすぐに売ってしまうかも)

食物には何の力もない、エネルギーもない、カロリーもない、、、無からしか有は訪れない、、、ご存知フリーエネルギーの法則です。

それを見事に実践した金魚は。30円だったものが100万円の金魚に大出世。

話しがそれましたが、要するに、フリーエネルギー、ゼロポイントエネルギーを利用すれば、素晴らしい魚も家で飼えるわけです。

ちょっと大きなお風呂桶などを利用すれば、蛋白源が詰まった生き物の冷蔵庫のようなものです。

ただ、情が移って食用には使えなくなるかもしれませんが、これからの時代は、これまでのインチキ時代の後始末に入りますから、一時的に、食物がなくなる、、、海産物の毒が危険、、、農薬の危険など、食べるものがなくなるうえに、信頼おけない状況になると思います。

みんなが家で、仲間同士で作り合う、、、そんなことを実行すれば、お金信仰からどんどん自由になっていけると思います。

昔はそれがなかなかできませんでしたが、今は、工具も道具もすべて個人に与えられています。

大きな工場で作る物より、家族が、個々の部屋で丹精込めて作るものの方がよくなっていきます。みんなが楽しく働く場が増えていきます。

生きるためにつくる、分け合う、、、お金を離れると、何でも非常にわかりやすくなります。

嘘を言う必要がなくなります。喜びが伝わります。助け合いが必然になります。悪意が不要になります。

そうした一方でお金で買えるものが、つまらない、イノチのない、どうでもよいものばかりになっていきます、、、

この逆転劇が始まろうとしている。

それには、リアルを見つめる目が必要であり、劇画の嘘から覚め、手品を見破り、そういうインチキなものや人たちを相手にしない生き方の確立が急がれると思うのです。

人類は何百万年もやってきています。生きていくことが難しいわけがないのです。工場がないから、、、政府資金がないから、、、会社に行かねば、、、屈辱的なことを我慢しなくては、、、生きていけない、ということなどないのです。

衣食住の無借金での自立。これは頑張ればできる時代になっていますので、できるところからやっていきたいものです。そして、健康で持続可能な人間生活を構築していく。

あまりにバカらしい上の政策や政治に、イライラする必要もなくなります。

本当の自立を目指そうではありませんか。


来る2月12日の日曜日、横浜方面で私のサロントークとチューナーやゼロポイントエネルギーについての食事会&セミナーのようなものがあります。

企画いただき、私が賛同させていただいて出向くプランです。まだ多少のお席があるということですので、横浜方面にいらっしゃれる方はぜひご覧ください。

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