愛の日記


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頭も空っぽ、、体もからっぽ、、 2017年11月18日(土)

空っぽというと聞こえは悪いですが、エネルギーが入るということなんです。

フリーエネルギーは無が入口になるということは何度も語らせてもらっていましたが、空っぽは無、、、空っぽでなくてはエネルギーは入りません。

頭でっかち、、、論理好き、、、思惟こそすべてとの誤解、、理論も思惟も大切なものですが、エネルギーはそこからは入りません。

常に捨てる、、常に捨てる、、、感情も思惟も思いも常に捨てながら生きる、、、

すると元気になってきます。

元気でないのは、常に頭で何かが動いているからです。

外界と私達が触れるとき、私達は必ず、外界に反応します。反応は自然ですが、反応の中に執着やこだわりが生じると、頭はそのことでいっぱいになります。

空っぽになりません。なので、疲れます、エネルギーが入らないからです。空っぽでないと入らないからです。

では、空っぽになろう、、、と思った際に、何が大事でしょうか。それは、頭に入っていると、わかることです。今現在、私はこうしたことにとらわれて、頭の中をこうした思いが占有していると、わからなくてはなりません。

それが分かるのは、意識の働きです。自身を意識する目がないと、何が自身の中を占有しているかはわかりません。

無意識に占有されていることが多すぎる人間。なので、疲れます。

エネルギー不足で疲れるわけです。

ああ、今、自分はこうしたこだわりを持った、、、ハイ捨てる、、今、こうした思いが不安となってきている、、、ハイ捨てる、、

常に自身が意識されていれば、何が自分の中を占有しているかがわかり、すぐにそれをストップさせ、無効化することが比較的簡単にできるようになります。

要するに、常に体も心も頭も空っぽにしておくことが大事なのです。これが、最終のエネルギーワークと言ってもいいでしょう。

無からしかエネルギーはやってきません。無にすることです。それには自身を意識的に見つめている必要があります。わかったらそれを手放すことは簡単です。

これがエネルギーワークであり、本当のエネルギーを得る方法でもあります。

これを突き詰めると、凄いことになると思います。起こっている現象には、何ひとつ意味がないことになるからです。

受け止めたことを常に捨てていくのですから、瞬間とそこに付帯する時間を味わうだけで、あとは捨てるのみ。

結局、どんな体験でも、価値あるとか、価値ないとかを超えて行ってしまうわけです。

すべては捨てるもの、、、なので、何を体験しても、体験した喜びだけで、それも捨てますから、結局は、もう生まれ変わる必要もなくなるはずなのです。

捨てれば、輪廻があるとしても、それを乗り越える方法になります。これしかないわけです。

瞬間を体験したら、あとは捨てる、、、捨てれば、無と私は一体となる、、、無からしかエネルギーはやってこない、、、大元の無と一体となることが、捨てる、、、空っぽ、、、ということになります。

と言っても、原理がわかっているだけで私もまだまだよくわかりませんが、原理は明快にわかります。これ以外にないはずです。

早く、色々な宗教は遠回りなどせずに、これを言ってくれればよかったのに、、、とつい思ってしまう。

無になること以外、エネルギーは入らないし、無になること以外、この世の現象の意味を理解することはできない。

あの人嫌い、、、あのひといや、、、、不愉快、、、頭をそうした思いが閉めたら、長引かせないで、捨てる、、、ただそれだけのこと。

そのためには、あの人嫌い、、、と思ってこだわっている自分を意識できなくては不可能。意識的に自身を見ることで、何にこだわって止めているかがわかります。そうしたら、次は選択の問題ですので、捨てるを選べば良いだけなのです。

それで、この世のあらゆることから私達は自由になれ、救われるわけです。簡単な原理なのです。

皆さんも今から実践してください。エネルギーが満ちてくるはずです。寝て無になることでかろうじてエネルギーを得ている私達ですが、生きることで、無となって生きることで、数倍のエネルギーを得られることになります。

そして、人が生きる本質の意味も理解できる可能性が出てきます。


体を空っぽにさせる「ふるべ神舞踏理論」


「ふるべ舞踏実践例」


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個と場 2017年11月15日(水)

私たちを取り囲む場所と、個人の意思や個人の思いとでは、基本的にどちらが強く影響されるかと考えた時、答えは場にあると思います。

仲間と楽しく語らう、平安で豊かな場に、一人でも批判的でおっかない感じの人が来たら、それまでの楽しい豊かな雰囲気はなくなります。個々の中にある思いはやさしさや思いやりにたとえ満ちていたとしても、その場では場の雰囲気が優先されてしまうわけです。

豊かでやさしく思いやりに満ちたものは、繊細で押しつけがありません。反対に批判的で暴力的なものは、一方的で他のものを押しやってしまいます。

戦争が近づけば、軍歌が町に流れ、平和の思いを圧倒するような雰囲気になっていくことは、日本でもドイツでも戦前に体験した通りです。今の日本も何となくそんな雰囲気に近づいている気もしますが、昔と今とでは個々の思いが違い過ぎるので、戦争など起こせませんし、万が一起こしたとしても、一体、誰が戦うのか、好戦派としても非常に心もとない状況でしょう。

ともあれ、その場に占める力は、豊かさや平安よりも、強圧的なものが強いことは事実です。

家庭内で父母が強圧的であれば、その家庭は強圧的な場を作りますので、そこに居る人は誰一人、平安でも豊かでもなく、基本的に怯えています。

子が成長する家庭という場で、怯えながら育った人と、平安で豊かで、やさしさの中で育った人とでは、天地の差があって当然なのです。

このように場は個よりも優先する性格があります。なので、良い場で育ったり、良い場の中に居られることは、本当の意味での幸福とつながりやすくなります。

なので、私たちの生きる本当の目的は、端的に言えば、良い場をつくることにほかなりません。

それぞれがそれぞれの場でどのように振る舞い、その振る舞いからもたらされるものは、平安なのかそれとも暴力なのか、、、それに尽きるわけです。

何も理想論で言っているわけではありません。また、幸福に至る色々な要素の中で、たったひとつだけ場の重要性を取り上げることに違和感を覚える人もいることでしょう。

行動で平和運動をしている人もいますし、戦争の悲惨さを訴えかける運動をしている人もいます。それは大変意味ある行動であることは事実です。私が言いたいのは、そういうことではなく、あくまで場の重要性であり、こうした平和思想も反対運動も、それを受け入れる場がない限り実現しないという点です。

まず場なのです。実はフリーエネルギーの法則がそれです。場の重要性なくしてフリーエネルギーは訪れません。スタップ細胞の実験でも成功する場合と失敗する場合があるのは、行っている内容やプロセスにその原因があるのではなく、作られる場に違いがあるからなのです。

場。その場を作る人に原因があるのです。荒れた意識の人には好い場は作れないのです。

荒れた意識、良くない思い、暴力的な発想などは、すべて個の悲観的な一方性から来るもので、全体と切り離されたところにあります。暴力的な発想には、お互いという概念がないのです。全体と切り離された個を押し出すだけ。

周辺の場を支配することで勝ったと思うのは、孤独ということです。

話しが再び精神論に流れていくので戻しますが、場とエネルギーの関係なくしてフリーエネルギーは語れません。

それを一言で言うと、重力につかまっているか、重力から自由になっているかで決まります。

重力の影響が少なくなるほど、フリーエネルギー現象は訪れるのです。場をいかに軽くするか、いかに無に近づけるか、、、、

私は子供のころから、女性の自然な集まりの中にいることに、独特の快適さを感じていました。一人はさやえんどうの皮をむき、一人は裁縫をしており、一人は隅で本を読んでいる、、、真中には果物やお芋などが置いてあり、時折お茶を飲みながら、それぞれがそれぞれの作業をしている、、、、お芋を取って宿題をしている子にあげている母や叔母、、、

何が話しの主題かもわからない会話の中には、ただただ自然さがあふれている、、、

私の子供時代にはそんな記憶がいっぱいありましたが、それこそがフリーエネルギーの原点である場であったのです。

強圧的なものが支配する場は、周辺場をつくるには強烈ですが、本当の力はありません。

なので、軍事による一方的な方向性は絶対ではなく、絶対でないどころかエネルギー本質から決定的にずれますので、実際には誰一人幸福にしません。

それで儲ける武器産業に携わる人ですら、結果的に不幸に落とし込むでしょう。誰一人幸福にしないのです。眼の前しかわからないからそんなことを平気でしてしまうのです。

フリーエネルギーは反重力に近い、重力から自由になれた時に訪れるものであり、場を強圧的に収めているところでは、あるものだけの限定的な世界であり、それ自体の持つエネルギーを亡くした時点で終わってしまいます。

空気で膨らんだ風船の口を開けるようなもので、すぐにエネルギーは枯渇してしまいます。

皆さんは私の考えを甘いと取られるかもしれませんが、事実だから仕方ありません。

皆さんが元気で生きていられるのは、強圧的な場の中で安泰を得ているからではなく、皆さんは忘れているかもしれない、皆さんはどこかで体験した安らかな場の思いによって、実は生かされているのです。

命を生かし、はぐくむものは、場にあります。場がなければ、エネルギーは訪れません。

そして、場を作る責任はすべての個にゆだねられているのです。そこをエネルギー空間にするのも、苦しい放出空間にするのも、あなた次第という選択の自由の中で私たちは生きているのです。

今の悲しい場の時代に、ある讃美歌を思い出しましたので、その歌詞を下記します。うろ覚えなので、もしかしたら間違っているかもしれませんが、おおまか、内容はあっていると思います。(讃美歌228番)

ガリラヤの風 かおるあたり あまつ御国は近づけりと  のたまいてより いく千歳ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を

戦いの日に いこいの夜に 御国をしたう熱き祈り 捧げられしはいく千度(ちたび)ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を

憎み争い 後を絶ちて 愛と平和は四方にあふれ みむねのなるは いづれの日ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を


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あるものにしか出会えない 2017年11月01日(水)

赤ちゃんは自我がまだ発展していませんので、周りで起こる出来事をそのまま純に見つめます。

あのおじさんがずるい、、、とか、あの人は悪だくみをしているとか、あの人は嘘ばかりつく、、、とかは、わかりません。

それは赤ちゃんの中に、ずるさや悪だくみや嘘がないから、わからないのです。

自分の中にあるものしか、人は認識できないからです。

大人はあの人は良くない人、、、などと思ったりすることがありますが、良くない部分が自分の中にあるからそれがわかるわけです。

物事の良い面に気づいたり、そこに価値を置くことができるのも同じ道理です。自分の中に、物事を良くとらえる面があるから、外界を好意的に捉えることができます。

良い場合も悪い場合も、自分の中にあるものを人は見ていることになります。

自分の中にあるものだけを見ている、、、ということは、すなわち、私たちは外界を見ているように見えて、実は自分自身を見ていることになります。

そしてそれは事実なのです。この世の本質は、自他がないからで、すべてが1つという証明になっています。

自分の中にあるものしか認知できない、、、自分は外界と同じであい、外界は自分なのだ、、、すなわちひとつ。

論理的にもそうなるのです。これが事実ですから、自分と外界をわけていくと、いけばいくほど矛盾が大きく広がることになります。

そして幸福とは、自他が1つである観点から物ごとを捉え、そう意識することによってもたらされるプレゼントを得た時、人はそう思うのです。

意識は決して低い方に戻ることはありませんので、一度でも自他のないところから来る幸福を体験したら、人生の意味がわかるのです。

他のことに意味はありません。だから、人は赤ちゃんから始まるのです。

自他のない赤ちゃんからせっかく始まったのに、どんどん自他を分け、どんどん苦しくなって神に文句を言っている私たち。

私たちは常に自分の中にあるものにしか出会えないのです。出会っても自分の中にあるものしか認識できないためです。

なので外界は常に自分なのです。外界を傷つけることは自分を傷つける道理であり、外界を替えたければ、その見方、意識を変える以外にありません。

まず、外界を受け入れること。それは自身を受け入れることになるためです。

悪い人がいました、、、悪い人から逃げることは必要ですが、せめてことさら嫌う必要もないのです。

出会う事象、出会う人、、そこに見たものは、自分なのです。なのでそれを意識の上で受け入れてあげれば、自分を受け入れたわけです。なので、そこに問題があれば終わり、中の問題が終われば、外界も見事に変わります。

外を変えようとするのではなく、中を変えない限り、外界は変わらない、これも道理なわけです。

と言って、イヤな人を受け入れろとか、ずるい人の相手をしろ、、、と言っているのではないので、絶対に誤解しないでください。

変な人からは逃げた方が良いのです。逃げなくてはダメです。しかし、そうした人が教えてくれることは、自身の中にあるものに追いかけられているということなのです。

なので、実際のイヤな人を心理的には受け入れてあげることで、物理的にもいやな人から遠ざかれることになります。

心理的に受け入れてあげなければ、ずっと追いかけられることになります。

自身の中にある成長しきっていないみなしごが、どうにかしてくれと、救いを求めている状態が、イヤは人やイヤなこと柄に追いかけられる現象となって表れているわけです。

認めてあげれば、その存在を許してあげれば、追いかける必要はなくなります。

この世に嫌いな人がいなくなれば、どんな人が目の前に現れても、それが自身の一部であるとの認識に立てば、段々とイヤなものに邪魔されたり、破壊されることは少なくなっていきます。

誰にも好き嫌いはあって当然ですが、自分への好き嫌いが外界に表れているわけです。

すべてはひとつ、、、赤ちゃんや自然から私たちは学ぶことができるのです。

下記の動画は、縮まる筋肉や組織に対して、ほぼゼロとなる地点を作り、エネルギーを取り込む動作です。

踊りのようになりますが、それは、踊りというよりもエネルギーワークです。エネルギーはゼロポイントからしか入りません。

縮もうとする筋肉や組織に対して、同等の負荷をかけ、あえて意識的にゼロポイントを体の至る処に作っていきます。

するとエネルギーが瞬時にして体に入るので、短い時間で極めて高度のエネルギーを取り込むことが可能です。

体は柔らかくなり、動きも樂になるので、老人にも無理なくできますが、形にこだわると動きのない教条的な死の世界にはいるため、体を壊します。

ヨガも同様で、本当は動きのゼロポイントを作るのが目的であり、体の色々な部位にゼロポイントを作ることがああしたポーズになったものなのかもしれません。

しかし、ポーズ主体になると、それが目的化し、必要以上に負荷をかけるので、かなりの危険が伴うと思います。

体を壊す可能性がヨガに限らず、運動にはあるのです。ゼロポイントを作るのが、運動の目的であり、そのことが、宇宙と一体化となり、そこからエネルギーが入る、、、

宇宙と自分が一体となる動きと感受性は、ゼロポイントにあると思います。

この動きには同じものはなく、その時々に応じた必然的な動きを意識的に追うものが、ゼロポイント舞踏です。

神々の踊りの動きをゼロポイントという観点から見ると、深く理解できると思います。

この動画は稚拙ですが、みなさんがおやりになれば、きっと素晴らしいゼロポイントを探る動きとなるはずで、それは最高の芸術にすら感じられることでしょう。ぜひやってください。

下のURLをコピーして、検索に張り付けてご覧ください。

ふるべ舞踏編1
https://youtu.be/S8c8i3tnnPk

ふるべ舞踏編2
https://youtu.be/sTWAJ4Z1y28


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尾山台のSHOPマドモアゼル・愛は、3日の祝日も営業しています。日月はお休みです。


 

無から有が生じ無は無限を包含する 2017年10月25日(水)

私は人の成功物語を聞くのが好きです。そして成功者の話しに共通していることは、すべて同じ。例外はほとんどないと言ってもいいでしょう。

それは、その人が成功していくきっかけの、そのスタートは必ず、無であることです。

二代目社長で会社を大きくしたような場合でも、一代目からの引継ぎがうまくなく、むしろマイナス状態からのスタートになったり、周囲がまったくついてきてくれないなど、二代目の有利さよりも二代目のマイナスが目立ちます。

要するにマイナス、もしくは無、ゼロの状態を体験し、そこをスタートにして成功していくパターンが共通しているのです。

これはエネルギー的には実は当然のことで、ゼロにしかエネルギーの入り口がないからです。

人はすでにある物を欲しがり、すでにある物に力があると誤解します。しかし、すでにある物は何等かの結果としてそこに存在しているだけで、それ自体は過去の意識の産物としてそこにあるだけです。

そんなこと言ったって、大きな財産があればいくらだって使えるに決まっているじゃない、、、との反論が出ると思いますが、その大きな財産を作ったところの意識がそこに注がれなくなれば、財産などいくらあってもあっという間に失います。

すべてはエネルギーの結果として存在するからです。老後を生き抜くには6000万円必要だとか、いや3000万円でどうにかなとか、人は不安になって言いますが、まったく意味ないのです。

一円もなくても楽しい老後を過ごす人もいるでしょうし、何億円あっても貧しい老後に至る人もいる、というのが結論だと思います。

いくら持っていても、そこに注がれるエネルギーがなくなれば、物は必ず崩壊現象を開始します。

これだけ貯めたからこれで安心、、、と思ったら、もうそこにはこれまでのエネルギーが注がれなくなりますから、いくら貯めても、実は安心ということにはならないのです。

一定の意識状態を保たない限り、そこに現れた現実を長引かせることはできません。

これで安心、、、という意識は終わりの意識ですから、もっている物は、必ず崩壊化を始めます。

人は安心するために生まれて来たのではないのです。安心とは幻想にすぎませんん。

せめて用意しておく、、、程度に貯金などは考えたらいいと思います。そうすれば、きっと活かせるときがあることでしょう。そして確かに貯金によって助けられることがあると思います。

貯金があるから安心、、、はあまりに稚拙であり、自身を金や物と同等におく意識なので、必ず崩壊するのです。

安心を求めても安心な状態は訪れません。安心を求めるのは、安心でない状況を想定した自身の不安定さを助長するためです。

成功者の話しに戻しますが、成功者は行き詰まり、すべてを失い、無となった時点で、無の状態で意識を働かせたのです。

期待も恐れもない素直な無の状態の中で、そうだ、、、との思いからスタートしてものは、必ず成功するのです。

エネルギーは無からしか訪れないためです。すでにある物を羨んでいるうちは、自分も物質ということなのです。

人は人の持つものを羨むことはあっても、人の持つ意識を羨むことはありません。

表面的な人の成功を羨み、人の財産を羨み、人の美貌を羨みつつ、多くの人が自分の人生を送っています。

しかしそれがどんなにか危険であるかを、多くの人は気づかないのです。

人を羨めば、目に見える形だけが自分となり、目に見える形だけの人生を歩むことになります。

目に見えるものは、すでに結果物ですから、そこにはエネルギーはありません。私たちは人を羨むことで、自身の無の原点を忘れるのです。

そうなれば、必ず崩壊化が進みます。長生きしている人に、人のことばかり羨んでいる人はいません。

皆、自身の人生に、それなりに満足している人が長生きします。

それは無とその人がどこかでつながっているからで、物やステータスとつながることで長生きするわけではないのです。

昔、台風が青森県を襲い、収穫直前のりんごがすべて落ちてしまったことがありました。

どの農家もすべて収穫が全滅。それを見たりんご畑の老婆が言った言葉が忘れられません。

「どの家のもみんな落っこちだ、、恨みっこなしだ」と。

人生もまったく同じだと思うのです。誰でもこの世に生まれて、必ず死んでいきます。恨みっこなしなのです。

そして誰もが無となった際に、そこはエネルギーの入り口となっているのです。

お金を失ったとき、悲しみのどん底にいて将来がないと思われるとき、名声を失い悲嘆にくれる時、誰も愛してくれないで死ぬほどつらいと感じるとき、あきらめきって何もない自分に気づくとき、、、、無は様々です。

その無をあくまで物理的な無としてしかとらえなければ、自身も物理的な運命から逃れられず、崩壊現象が加速します。

自分が物だからです。物には物としての運命が襲い掛かります。物を持続存続させるエネルギーが無くなれば、それは崩壊していきます。

無からしかエネルギーは訪れないのですが、その無を物理的な無として捉えるだけか、物理的な無の中に無限を肯定できるか、、、そこに人生の分かれ道があります。

物理現象は正直ですから、物理的に無の状態をつくれば、必ずエネルギーが注がれます。なので、本当は金を失くすなどの物理的な無ですら、凄いチャンスなのですが、物に凝り固まった意識がそれを認めないので、物の運命と共に自分も終わってしまうのです。

物理的な無とは、このように病気であり、貧乏であり、失意であり、色々です。しかし、そこに息づく無限に人が気づくことで、人は生まれ変われるということなのです。

この世に誰も得する人などいないのです。この世に損する人もいないのです。

無がエネルギーの入り口です。持っているものは関係ないのです。

これは詭弁で言っているのではなく、光と光の無をつくればエネルギーが得られ、音と音の無をつくれば高度のエネルギーが入って喜びとなり、磁気と磁気のゼロ磁場をつくれば、そこにエネルギーが入ることを、散々確信した上で、無がエネルギーの入り口であると言っているのです。

昨日ご紹介したゼロポイント神舞踏も、体のあらゆる筋肉を拮抗させることで、体の各所にゼロポイントを作れば、そこにエネルギーが入る原理なのです。

それは同時に美しく、神々の踊りを連想させます。ヨガはその動きを固定化させたものなのかもしれませんね。ただ筋肉の力の拮抗点を超えたら、組織が痛むし、エネルギーも入らないのです。

拮抗させた無にエネルギーが入ることがわかれば、老人ですら若返る可能性が出てくるはずです。無を知らないから、人は恐れ、失意し、怒り、悲しむのです。

無の愛を知ることで、人は生まれ変わらなくてはならないのです。

お知らせ
今、尾山台のSHOPマドモアゼル・愛には、先週、台風の日の街のイベントで駄菓子屋さんをやりましたが、その際に売れ残った駄菓子がまだ残っています。

今、来店された方には駄菓子を差し上げますので、楽しみにいらしてください。

セミナーの詳細は
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勝ったように見えて負け、負けたように見えて勝つ時代 2017年10月24日(火)

選挙も終えて結果も出ましたが、喜ばれている方も多いでしょうが、それ以上にがっかりして失望されている方が多いと思います。

というのも、自公に入れた人よりも、反自公の数の方がずっと多いからです。投票率も低かったので、心情反自公が大勢ですが、結果は結果として受け入れるしかないと思います。

自公圧勝と言いますが、冷静に分析するとそうでもないことが分かる選挙結果でもありました。

野党分裂の影響が大きく、野党が共闘できていれば、選挙結果はまったく違ったものになったはずで、しかも台風到来と重なることでこうした結果になりました。

安倍さんが勝ったわりには、怖い顔していたのが気になりますし、幹事長などはまるで敗戦したようなイライラした表情でした。

一応勝ったものの、内容を見て安心できないものを感じたとして当然でしょう。

直接の敗因は小池氏の態度であり、民進党の小池新党への突然の流入が生んだ事態が、思わぬ展開を見せたことにつきます。

それが台風と重ったのですから、もし明日にでもまた選挙をやれば、もしかしたら政権は変わるほどの結果になったかもしれない、、、、そんな危機感が自公にはあると思います。なので浮かれてなどいられないのでしょう。

こうなれば、化けの皮がはがれないうちにやることをやらなくては、、、との思いが動いてくるはず。改憲の動きも出てくるでしょうが、国民投票に耐える改憲力はまだないと思いますので、それもできないかもしれません。

となると、国会が開けば野党の追及は厳しいでしょうから、展望が開けなくなります。

何かどうにかしなければならないわけで、政権が求める事態は危機という残念な構図が見えます。

というのも、立憲民主という新たな党ができ、これがリベラルの結集先に初登場。このままいけば、大きな力を持つことは確実な情勢です。

立憲人気をそぐことは難しいでしょうから、政権の安定には常に危機が必要という危ない政権運営が予測できるわけです。

もちろん、政権がわざと危機を作って自分らに有利な状況を作るとは思いませんが、すでに作られる危機、すでにどこかで決まっている危機があり、それに対応させるための政権が必要だったということも考えられるわけです。

アメリカ軍は韓国から日本に引き上げるという話しがあります。日本が前線地帯となる枠組みが考えられているのかもしれません。

となると半島は北のリーダーシップによる統一になるのでしょうか。断定的なことは一切言えませんが、可能性を探る意味では重要な時期に来ています。

あらゆる可能性を捨て去ることなく、頭の中に入れておいた方が良い時代になると思います。

大国の利益から考えると、まさかこんな絵になるのでは、、、という意識は常に必要だと思います。

半島は北が統一し、日本が前線地帯となって半永久的にアメリカから武器を輸入しつづける、、、そんな絵が考えられている可能性もあるわけです。

そのための現政権の可能性は高いので、すぐに何かを始める、、、そのためには、どうしても混乱が必要、、、となる方向ですが、そうなるかもしれませんし、そうはならないとも思います。

非常によくないのは、日本の経済界が何を考えているか、、、です。本音では何を望んでいるか、、、という視点が重要。

今、日本は急速に国民が貧乏になりつつありますので、経済界は国民よりも、政策に期待している点があります。

財界も残念ながら混乱と危機を望む立場なのでしょう。困ったものですが、果たして、それもうまく行くでしょうか。

私は常に時代は良くなると思ってこれまで語ってきましたが、今でもその考えは変わりません。しかし、日本を取り巻く力は、そうではない方向に眼を向けています。

政権と財界です。これから平和と混乱の力比べが始まるわけです。どちらも、勝ったように見えて負けていき、負けたように見えて勝っていく、、、という方程式で進むでしょう。

今は政権は選挙に勝ったわけですから、勝ったように見えてきっと負けていくでしょう。財界も今、最大の好景気と言っていますが、まったく実体はない株高など、不自然なことが多すぎます。

株高は国が買い取ってのものなので、高くなるのは当たり前です。しかし、安全なように見えて、何がきっかけで大暴落が始まらないとも限りません。平時の買い入れには株高の効果はあるでしょうが、一斉の売りには国の項入力でも対しきれないからです。これは時間の問題です。

今、勝ったように見えるものが負け、負けたように見えるものが勝っていく、、、これがこれからのサインです。

日本はきっと負けて負けて負けて、気が付いたら勝っている、、、そんな状況がやがて到来し、新しい時代を築くことでしょう。

小池さんの人気の推移をみればわかるように、人の思いや考えなど、あっという間に変わることがあるのです。

先週、大阪で来年の春分図についての講演をしてきました。大勢の方にお越しいただきありがとうございました。

来年の春分図はかなりの危機が出ていることをお話ししましたが、それについてはまた、近いうちにブログでも解説する予定です。また、春分レポートもありますし。

春分図でも悪い時代の予兆はありますが、それも悪くなるために悪いことが起こるのではなく、良くなるために悪いことが起こるというだけです。本質的には決して怖いことではないのです。

今回も自公圧勝ですが、安倍さんにつながっていたから、むしろ後悔することになる人は今後多くなると思います。

希望の党に真っ先に抜け駆けした若狭氏は落選。勝ち戦だったはずの運がまさかの大逆転。これがこれからの時代を予見した形なのです。

外された人は立憲民主党を作って野党第一党に、、、思いもよよらない事態です。今後の動きの型をよく示してくれたと思います。

みさなん、人生も同じですよ。安全を求めて危険に陥り、危険承知で自分の道を行った人が浮かび上がる、、、時の流れの型が、運気の型が変わったのです。


お知らせ

ゼロポイント 神舞踏セミナー  12/29(金) 13時から18時まで

ゼロポイントはエネルギーの入り口となるポイントのことです。物には何の力もなく、すべてのエネルギーは本当は無から訪れます。物に力を求める限り、大宇宙がなぜ運動できるのか、存在できるのかを説明することは不可能でしょう。
無に力があるから、巨大な大宇宙を動かせるのです。

エネルギーを得る方法はですから、無と関係すること以外にあり得ません。これまでにも、懐中電灯と懐中電灯の光をぶつけ合うことで、光の干渉現象、すなわち光ゼロポイントをあえて作り、エネルギーを得る方法などを実践しました。

また、風と風とをぶつけることで得られる上質の空気なども同様の試みでした。

今回は私たちの肉体にいかに良質のエネルギーを取り込むか、、、その一つの方法がゼロポイント神舞踏です。 

私たちの体を取り巻く筋肉は全身を保護するように多岐にわたり、また複雑な形で体を保護しています。こうした筋肉は常に縮む方向に力が動きますので、年齢が行けば、どうしても体は固くなり縮まります。

それを避けるためにストレッチなどがあるのですが、ストレッチには基本的な問題があります。
ストレッチの限界

ストレッチは体の筋肉を伸ばすことで一見柔らかくなり、体は伸びますが、一定以上の力がかかることで、組織を痛めやすくなります。ストレッチの負荷に筋肉や組織が耐えられるうちは問題ありませんが、いつかどこかの時点でその拮抗を破り、体に負担がかかってしまい、悪い結果に導く構造をもっています。

ヨガなどで体を痛めることが多いのも、負荷に体の筋肉や組織が耐えられなくなることで生じます。

そして何よりの問題は、負荷がかかった状態をいくら作っても、エネルギーは取り込めないという点です。

エネルギーは無からしか訪れませんので、負荷が一方に偏る状態では、エネルギーは取り込めないわけです。

筋肉は一方的に縮もうとし、ストレッチは筋肉を戻す以上に負荷をかけてしまいます。

筋肉上の無とは、縮もうとする力に対して、伸ばす力が拮抗した時なのです。

すなわち、体を伸ばして気持ちが良い時と言ってもよいでしょう。その時に二つの重力、縮む力と伸ばす力が拮抗して重力の無を作りますので、エネルギーが入るために、気持ちが良くなるのです。

運動でもこうした動きは当然作られますが、運動は常に一方的な動きで、負荷のかかる位置やかかる力も一定で、広範囲なものとはなりにくい構造をしています。

同じように手を振っても常にかかる負荷の形は同じなのです。

体のあらゆる筋肉を意識し、ひとつづつ丁寧にその筋肉を伸ばし、縮む力と伸ばす力を同程度にしていきます。すると非常に気持ちの良い状態が訪れます。

この時、重力は拮抗して無を作っていますので、エネルギーが入ります。

こうして体の全身に意識を忍ばせ、あらゆる筋肉を意識的に動かし、伸ばしていくと、運動というよりも、その動きは独特な舞踏を形成していきます。

神々の踊るポーズが色々な遺跡にしのばれますが、その動きとからくも似てくるケースが多くなります。

神々の踊りは、体の中に無を作り、エネルギーを取り込む動作であったと理解できるのです。

このセミナーでは、体のあらゆる筋肉を拮抗させる状態をつくること、エネルギーを取り込み、さらに動作を連続させることで、神の舞踏の領域を垣間見る、、、非常に貴重な機会になることと思います。

皆様のご参加を心からお待ちしております。今年最後の暮れのひと時、神舞踏に触れてエネルギー体となり、新たな年を迎えていただき、生まれ変わった気持ちとなることでしょう。

運動の苦手な方、体が硬い方、、、まったく心配いりません。あなただけの美しい動きは必ず出てきます。負荷は必要以上にはかけませんので、無理ない形で体が伸び、美しい動きの中で、本当のエネルギーが取り込めるのです。

この神舞踏を一ヶ月も続ければ、体系は驚くほど変わり、若返ると思います。人によって違いはありますが、ぜひあなたの眼でお確かめ下されば嬉しいです。

原理とやり方は丁寧に実践説明いたしますので、安心してご参加できます。

セミナー料金 18000

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大阪講演、来年の春分図 2017年10月20日(金)

明日の土曜日ですが、大阪で私の講演会があります。どうやら台風前になりそうで、安心しました。

選挙当日も台風が来ないようにと願いたいものです。講演の内容は、下記させていただきますが、来年の春分図を元にした展望を語ることになります。

この講演会は昨年もお邪魔しましたが、昨年は今年の春分図の解読で今回と同じでした。安倍政権が秋には崩れる、、、とその際に語りましたが、いまのところそうはなっていません。

ただ、秋はまだ続きますので、変化はあることでしょう。

変化と言えば、次の年の春分図に見られる変化にも大きなものがあります。おそらく今の私たちが日常的に考えるものとはかなりの隔たりがあると思います。

変化が急ピッチになってきているためです。大阪方面の方、ぜひ、来年がどういう年になるか、、、占星術を観点とした話しですが、どうぞいらしてください。当日参加オーケーということですので、お待ちいたしております。

靭公園の中にある科学館で行います。詳細は下記します。



■日時:10月21日(第三土曜日) 午後13:15~17:00(開場・受付13:00~)

■場所:大阪科学技術センター605号室 大阪市西区靭本町1-8-4 Tel06-6443-5324 
(地下鉄四つ橋線本町下車北へ徒歩5分靭公園内)  

■演題:「マドモアゼル・愛が2017年から2018年を占う」


マドモアゼル愛氏は、日本を代表する西洋占星術の研究家です。1970年代後半から約40年の間、第一線で活躍中。
占星術以外では心に関した出版物が多く、ラジオのナンバー1聴取率であるニッポン放送のラジオ人生相談の回答者として、約20年出演中。

日本最古の歌である和歌の披講の研究家としても活躍しており、星と森披講学習会を主宰。和歌を歌うことから母音と倍音の研究に進み、無にしかエネルギーは存在しないとの観点に立つ、フリーエネルギー理論を明快に解説できる数少ない存在でもある。

占星術を用いた未来予測には定評があり、イギリスのEU離脱、トランプ大統領の誕生など、世相と反した予想を的中させている。

今回の講演では、このところの混迷を深める世界情勢と来年の春分図からの状況を読み解きます。

●会費:会員及び同伴の家族2,000円 非会員3,000円 学生1,000円(初めて研究集会参加の方も含む)

●講演後講師の先生を囲んで懇親会を予定
懇親会会費3,500円 終了19時頃 場所:山海倶楽部(TEL06-6443-0209)参加歓迎。

■第421回研究集会から、講演録画(ブルーレイディスクのみ)を2,500円(送料込)で販売します。ご注文は事務局(FAX06-6943-1346)又は(メール:kansai.psij@gmail.com)でお申し込み下さい。

関西日本サイ科学会・会長 河野明夫


という内容ですので、どうぞよろしくお願いいたします。実は同じ明日に、武道館で行うモモ色クローバーzという公演の中で、人生相談をしてくれませんか、、、とのお誘いがあったのですが、大阪公演が先約でしたので、残念ですがお断わりし、最初からの約束通りにいたしました。

ただ、一方は武道館での何万人の講演、大阪はおそらく何十人と細々としていますが、その分、中身が濃い講演になると思います。

このところ、非常にメジャーな仕事が止むない事情で没になることが多くあります。一ヶ月程前には、有名男優が今逢いたい人はだれか、、、という質問に私の名を挙げてくださり、スタジオで録画撮りまでしました。

しかし、その男優が心を許してくださって、色々お話ししすぎてしまったのです。その内容がどうしてもプロダクション関係にはまずい、ということになって、放映が没になる、、そんなことが多いです。今回のモモクロもそうですが、何となく、私の道がそうした方向と違うことを教えているような気がします。

社会の大きな変化がきっと近いのだと思います。今回の選挙もどういう結果が出るかはわかりませんが、どういう結果であってもこれで安定するわけではなく、さらなる変化への道が作られる原因にすらなっていくことでしょう。

今回は取り急ぎ、明日の講演のお知らせをさせていただきました。


秋のセミナーのご紹介。これ以外にも様々なセミナーを予定しています。マイダンスセミナーはまだ日程は決まっていませんが、好評でしたカウンセリングセミナーは年内を予定しています。また、トーニングと朗読を一体化させた新たな表現の劇も、これもセミナー形式で行いたいと思っています。
冬至の食事会もやりたいですね。今後のご案内を楽しみによろしくお願いします。

懐中電灯セミナー他の詳細などは
マドモアゼル・愛 公式SHOP







 





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