愛の日記


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個と場 2017年11月15日(水)

私たちを取り囲む場所と、個人の意思や個人の思いとでは、基本的にどちらが強く影響されるかと考えた時、答えは場にあると思います。

仲間と楽しく語らう、平安で豊かな場に、一人でも批判的でおっかない感じの人が来たら、それまでの楽しい豊かな雰囲気はなくなります。個々の中にある思いはやさしさや思いやりにたとえ満ちていたとしても、その場では場の雰囲気が優先されてしまうわけです。

豊かでやさしく思いやりに満ちたものは、繊細で押しつけがありません。反対に批判的で暴力的なものは、一方的で他のものを押しやってしまいます。

戦争が近づけば、軍歌が町に流れ、平和の思いを圧倒するような雰囲気になっていくことは、日本でもドイツでも戦前に体験した通りです。今の日本も何となくそんな雰囲気に近づいている気もしますが、昔と今とでは個々の思いが違い過ぎるので、戦争など起こせませんし、万が一起こしたとしても、一体、誰が戦うのか、好戦派としても非常に心もとない状況でしょう。

ともあれ、その場に占める力は、豊かさや平安よりも、強圧的なものが強いことは事実です。

家庭内で父母が強圧的であれば、その家庭は強圧的な場を作りますので、そこに居る人は誰一人、平安でも豊かでもなく、基本的に怯えています。

子が成長する家庭という場で、怯えながら育った人と、平安で豊かで、やさしさの中で育った人とでは、天地の差があって当然なのです。

このように場は個よりも優先する性格があります。なので、良い場で育ったり、良い場の中に居られることは、本当の意味での幸福とつながりやすくなります。

なので、私たちの生きる本当の目的は、端的に言えば、良い場をつくることにほかなりません。

それぞれがそれぞれの場でどのように振る舞い、その振る舞いからもたらされるものは、平安なのかそれとも暴力なのか、、、それに尽きるわけです。

何も理想論で言っているわけではありません。また、幸福に至る色々な要素の中で、たったひとつだけ場の重要性を取り上げることに違和感を覚える人もいることでしょう。

行動で平和運動をしている人もいますし、戦争の悲惨さを訴えかける運動をしている人もいます。それは大変意味ある行動であることは事実です。私が言いたいのは、そういうことではなく、あくまで場の重要性であり、こうした平和思想も反対運動も、それを受け入れる場がない限り実現しないという点です。

まず場なのです。実はフリーエネルギーの法則がそれです。場の重要性なくしてフリーエネルギーは訪れません。スタップ細胞の実験でも成功する場合と失敗する場合があるのは、行っている内容やプロセスにその原因があるのではなく、作られる場に違いがあるからなのです。

場。その場を作る人に原因があるのです。荒れた意識の人には好い場は作れないのです。

荒れた意識、良くない思い、暴力的な発想などは、すべて個の悲観的な一方性から来るもので、全体と切り離されたところにあります。暴力的な発想には、お互いという概念がないのです。全体と切り離された個を押し出すだけ。

周辺の場を支配することで勝ったと思うのは、孤独ということです。

話しが再び精神論に流れていくので戻しますが、場とエネルギーの関係なくしてフリーエネルギーは語れません。

それを一言で言うと、重力につかまっているか、重力から自由になっているかで決まります。

重力の影響が少なくなるほど、フリーエネルギー現象は訪れるのです。場をいかに軽くするか、いかに無に近づけるか、、、、

私は子供のころから、女性の自然な集まりの中にいることに、独特の快適さを感じていました。一人はさやえんどうの皮をむき、一人は裁縫をしており、一人は隅で本を読んでいる、、、真中には果物やお芋などが置いてあり、時折お茶を飲みながら、それぞれがそれぞれの作業をしている、、、、お芋を取って宿題をしている子にあげている母や叔母、、、

何が話しの主題かもわからない会話の中には、ただただ自然さがあふれている、、、

私の子供時代にはそんな記憶がいっぱいありましたが、それこそがフリーエネルギーの原点である場であったのです。

強圧的なものが支配する場は、周辺場をつくるには強烈ですが、本当の力はありません。

なので、軍事による一方的な方向性は絶対ではなく、絶対でないどころかエネルギー本質から決定的にずれますので、実際には誰一人幸福にしません。

それで儲ける武器産業に携わる人ですら、結果的に不幸に落とし込むでしょう。誰一人幸福にしないのです。眼の前しかわからないからそんなことを平気でしてしまうのです。

フリーエネルギーは反重力に近い、重力から自由になれた時に訪れるものであり、場を強圧的に収めているところでは、あるものだけの限定的な世界であり、それ自体の持つエネルギーを亡くした時点で終わってしまいます。

空気で膨らんだ風船の口を開けるようなもので、すぐにエネルギーは枯渇してしまいます。

皆さんは私の考えを甘いと取られるかもしれませんが、事実だから仕方ありません。

皆さんが元気で生きていられるのは、強圧的な場の中で安泰を得ているからではなく、皆さんは忘れているかもしれない、皆さんはどこかで体験した安らかな場の思いによって、実は生かされているのです。

命を生かし、はぐくむものは、場にあります。場がなければ、エネルギーは訪れません。

そして、場を作る責任はすべての個にゆだねられているのです。そこをエネルギー空間にするのも、苦しい放出空間にするのも、あなた次第という選択の自由の中で私たちは生きているのです。

今の悲しい場の時代に、ある讃美歌を思い出しましたので、その歌詞を下記します。うろ覚えなので、もしかしたら間違っているかもしれませんが、おおまか、内容はあっていると思います。(讃美歌228番)

ガリラヤの風 かおるあたり あまつ御国は近づけりと  のたまいてより いく千歳ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を

戦いの日に いこいの夜に 御国をしたう熱き祈り 捧げられしはいく千度(ちたび)ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を

憎み争い 後を絶ちて 愛と平和は四方にあふれ みむねのなるは いづれの日ぞ
来たらせたまえ 主よ御国を


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